イベントレポート

ビットコインに匿名性はある? ない? ビットコイナー反省会が実証実験

岩村充教授、斉藤賢爾教授、カナゴールド氏が匿名性と規制について議論

(Image: Shutterstock.com)

「ビットコイナー反省会」はBitcoin(ビットコイン)、仮想通貨(暗号通貨)、ブロックチェーンに関する情報を配信する総合動画チャンネル。業界のキーパーソンへのインタビューや、ニュース、技術やトレンドの解説など、暗号通貨に興味のある人に向けた番組をYouTubeにて配信中の注目チャンネルである。

今回取り上げる9月20日の放送は、ゲストに早稲田大学大学院経営管理研究科の岩村充教授と斉藤賢爾教授を迎え「暗号通貨の匿名性と規制を考える」をテーマに、仮想通貨等の取引における本人確認(KYC)や匿名性について議論をする。

番組の前半では、岩村教授がKYCや匿名性について語るが、今回は、番組後半に行うビットコイナー反省会ではおなじみのカナゴールド氏による、カナゴールド氏が計画中のオンチェーンの匿名性に関する実証実験の紹介がメインになる。実証実験について、番組視聴者をまじえて出演メンバーが議論を行っていく。

番組の進行は、同番組パーソナリティーの東晃慈氏が務める。

【ビットコイナー反省会】
暗号通貨の匿名性と規制を考える with 早稲田大学 岩村充教授&斉藤賢爾教授

Bitcoinにおける匿名性とは?

「Bitcoinのような典型的な仮想通貨の匿名性とは何なのか?」ということは、よく考えた方がいいと、岩村教授は議論の口火を切る。KYC(Know Your Customer:顧客確認)は、不正送金等を防ぐ国際的なコンセンサスになっているが、そもそもKYCで犯罪を防ぐことは可能なのか、という疑問が残るという。逆に暗号通貨は、匿名性という観点で見ると野放し状態なのか? 住所、氏名がわかっていることが、イコール匿名ではないと言えるのだろうか? と岩村教授は問う。

日本の裁判では、被告が徹底的に黙秘し続けていても、氏名不詳のまま起訴することができる。我々がその人を知っているという状況は、住所や性別を知っているということではないと岩村教授は主張する。たとえばカナゴールド氏はこういう人であるとネット上で認識されている人格が重要なのであって、カナゴールド氏の本名をもはや気にしている人は少ない。ネットでこんなことをやっている、こういう人であるという内容を知ることと、普段の挙措、動作、顔つきなど全体像からわかる人格、これらが結びつくことが本人確認という意味では大事なことであるのだと断言をする。

住民登録の内容やパスポートにどう書かれているかということは、KYCの観点からはばかばかしいものであるという考え方もある。偉い人が一般人を管理する観点からは意味があるかもしれないが、それ以外ではあまり意味がないものになっている状況だという。世の中には、パスポートを複数所持している人もいる。そもそもKYCで情報や取引を追跡する、不正送金を防止するといった考え方そのものがおかしくないだろうかと、岩村教授は語る。

では代案として、何ができるのだろうか?

暗号通貨Zcash(ジーキャッシュ)のようにゼロ知識証明暗号を使って本当の匿名の世界を実現する技術もあるが、それには相当コストをかけなければならないという。しかし、BitcoinやEthereumでコストをかけなければならない匿名処理をしていたら、大変である。もっと簡単な方法、技術でそれを克服できないだろうか? と、岩村教授は以前にカナゴールド氏と東氏の3人でディスカッションをしたことがあったという。そういうことにチャレンジしてみないかと、岩村教授はカナゴールド氏に難題を突きつけるつもりで問うと、カナゴールド氏はしばらくして「できました」とわずか30行ほどのプログラムで作ったと言うのだ。

今回の番組では、カナゴールド氏が匿名性の問題を解決してきたというその成果について実証実験を行いたいのだと、岩村教授はテーマの趣旨を語った。

カナゴールド氏の実証実験について

まずは、カナゴールド氏の考案するオンチェーンの匿名性に関するユーザー参加型の実証実験について、自らが説明を行う。今回の実験は「Bitcoinの匿名性」に関する実験となる。

端的に言うとBitcoinには、匿名性はみじんもないというカナゴールド氏。しかし、仮想通貨を規制対象と考える一部の有識者の間では、Bitcoinは匿名性が高いため犯罪資金として使われる可能性があるという心配の声も挙がっている。本当のところはどうなのか。本実験は、そんなBitcoinの匿名性について調査する。

Bitcoinを送金したことがある人には周知の事実だが、Bitcoinには送受金をするために必要な「1」や「3」から始まるBitcoinアドレスが存在する。

具体的な送金の流れを説明すると、Bitcoinを他の仮想通貨交換所の口座等に送金したい場合、送金者は受金者のBitcoinアドレスを聞き出し、そのアドレスを指定し送金手続きを行う。送金を依頼するとBitcoinのブロックチェーン上にて、資産の移転が発生する。すると受金者側の仮想通貨交換所は、ブロックチェーン上に自身の管理するBitcoinアドレスに入金があったことを確認し、その顧客の残高に反映させるといった作業が行われ、無事にBitcoinの送受金が完了する。

この一連のBitcoinの取引は、すべてブロックチェーンに記録され、未来永劫消えることなく、改ざんされる心配もない。また取引情報については誰にでも閲覧をすることができることから、Bitcoinによる取引はオープンであり、プライバシーがないとも言われている。

しかし、ブロックェーンに記載されているBitcoinアドレスは英数字の組み合わせによるユニークな謎の文字列であることから、誰が誰に何の目的でBitcoinを送金したのかが、わからないことから、その匿名性は高く、犯罪資金として使われると主張をする有識者も少なくないのだそうだ。これが法定通貨による銀行間取引ならば、各銀行がそれぞれの口座を管理しているため、どこの誰による送受金なのかを把握することができるため安全であるという見解のようだ。

マネーロンダリング(ML)とテロ資金供与(FT)対策の国際基準であるFATF勧告を策定するFATF(Financial Action Task Force:金融活動作業部会)は、6月21日に新たな規制基準を発表し、仮想通貨交換業者における仮想通貨の送受金について、送受金者の個人情報を記録するというルール(トラベルルール)を追加した。FATF勧告を順守する国家の仮想通貨交換所においては、1年以内にトラベルルールに対応することが義務づけられている。この規制を順守するには、仮想通貨交換所は従来の本人確認に加えて、取引1つ1つを監視し、取引ごとに送受金両者の個人情報をひも付けなければならない手間が増えることになる。

現在、仮想通貨交換所を始めとする関係各所は、トラベルルールを順守する方法についてさまざまな手法を思案中だ。本来、仮想通貨交換所等関連業者間で個人情報を管理するにはデータベースで互いの個人情報を一括管理できるような中央機関を設置し、中央集権的な手法を取れば簡単に解決できる課題だが、ブロックチェーンにおいては非中央集権性を維持することに意義がある。

カナゴールド氏の実験は、それを実現させるためのシンプルな手法の1つとなり得るモデルの基礎的な実証実験となる。カナゴールド氏の提案は、Bitcoinアドレス間のつながり方のみから、どこの仮想通貨交換所間の取引なのかなどアドレスの特性を把握することができないだろうかという取り組みだ。そもそも仮想通貨交換所に対して個人情報を問い合わせるまでもなく、Bitcoinアドレスから取引先はほぼわかると、カナゴールド氏は主張する。仮想通貨交換所間の取引を把握するために、わざわざ手間のかかるFATFのトラベルルールを導入しなくても、Bitcoinアドレスからおおむね仮想通貨交換所はわかると言われても、カナゴールド氏いわく、どこの若造かわからない人間の主張とFATFの有識者の主張のどちらを取ると言われたら、誰もが有識者を選ぶだろうと。それを証明したいというのが今回の実験の趣旨だと、カナゴールド氏はいう。

実験の概要

実験では、技術としては機械学習の手法であるword2vecを応用する。また参照するデータとして、2017年7月から2018年2月の期間のBitcoinのオンチェーン送金データを使用する。ちなみにこのデータは、世界的に最もBitcoinの取引が盛んだったバブル期のデータとなる。誰でも参照することができるデータだ。また、あらかじめ提示する仮想通貨交換所bitFlyer、Coincheck、Binance、Bittrex、Poloniexの各アドレスを使用する。この5つのアドレスは、バブル期によく使われていた各取引所の内部管理用のホットウォレットアドレスになる。

word2vecは、大量のテキストデータを解析し、各単語の意味をベクトル表現化する手法だ。カナゴールド氏いわく、機械学習の手法としては古典的なものだが、今回の実験では非常に有効な技術だという。word2vecを補足すると、単語をベクトル化することで単語同士の意味の近さを計算することが可能になる。

カナゴールド氏の挙げた例では、とあるテキストデータを、word2vecを使いベクトル表現化することで、「ねこ」と「いぬ」は同じような文章で登場しやすく、また「飼う」と「育てる」も人によって使う言い回しが違うが、近しいものであることがわかるという(クラスタ化することができる)。

Word2vecは、類似語をベクトル化することで、グループ化することができる。ベクトル化した数値から類似性を検知することが可能になる。単語が数値化されていることから、単語同士の意味を演算することで、さまざまなグルーピングができるのだ。

カナゴールド氏は、ブロックチェーン上の送金データを巨大な文章の集まりとし、1トランザクションを1文章、Bitcoinアドレスを単語として捉えれば、構造は同じであり、その類似性、すなわち関係性が見えると推測。

実験を開始するにあたり、ブロックチェーン上のデータの前処理として、同じトランザクションの中のアドレス群を1つの配列に適当に並べる処理を行っている。重複アドレスは削除しつつ、アドレスは順不同、送金額が極端に少ないものは除外し、無差別に配列化している。最後に配列データをword2vecに投げ、各Bitcoinアドレスをベクトル化し、各アドレスの類似性を求めている。

実験はプログラミング言語にPythonを使用。Pythonのgensimというライブラリのword2vecを使用し、わずか数ステップのプログラムでそれを実現させている。

今回はLINE Botを使い、番組視聴者には友達登録で参加してもらい、Botに対して過去に取引をしたことのある自分の仮想通貨交換所の預け入れアドレスを入力してもらい、アドレスから仮想通貨交換所を当てるという方法で検証する。

結果として、Bitcoinアドレスから使用している仮想通貨交換所がわかるということと、無味乾燥的な単なる文字列であると思われているBitcoinアドレスだが、そのアドレスのつながりから、同じ人であることや、同じ仮想通貨交換所を使っている人、仲間のような関係性など、近しい関係性、クラスタが見えてくるという。

なお、実験結果については、後日、論文およびソースコードを公開するという。

匿名性についての議論

この実験からもわかるように、一見、無味乾燥的な文字列からもなんらかの関係性や利用した仮想通貨交換所がわかるという点において、Bitcoinのオンチェーン上に匿名性はないという根拠であるとカナゴールド氏はいう。匿名性という言葉の定義にもよるが、当局が言うBitcoinは匿名性が高く危険であるというほど、Bitcoinには匿名性はないということのようだ。

では、Bitcoinの匿名性を高めるにはどうしたらいいのか? 東氏は、今回それについても各氏に意見を聞いている。

カナゴールド氏は、Bitcoinに限って言えば、Bitcoinの匿名性を高めるためによく使われるサービスとしてミキシングサービスを挙げた。ミキシングサービスを利用すると、自分のBitcoinと他人のBitcoinがいったん混ざり合い、その結果、元々持っていたBitcoinの取引情報が一部分しか残らなくなり、取引情報の匿名性を高めることができる。ミキシングサービスの利用者が増えれば増えるほど、ブロックチェーンからBitcoinの取引情報を辿ることができなくなるというのだ。これがBitcoinの匿名性を高める基本とのこと。

ほかにはBitcoinのセカンドレイヤーを使った匿名性というのもあると、カナゴールド氏はいう。実際の取引をセカンドレイヤー上で処理するため、セカンドレイヤーに参加している人たちには取引は見えているが、ブロックチェーン上の情報を参照してもセカンドレイヤー内の取引についてはわからないという。しかし、それらもオンチェーン上では、従来の取引とは異なった記録がされるため、裏で何かやっているんだろうなということはわかるだろうとのこと。

また、BitcoinのLightning Networkなど最新の技術ではそれを回避するものも登場していることも東氏は補足する。しかし、それもハブを運営していれば取引についてはある程度わかってしまうことから、実際にはどこまで匿名性があるのかは微妙だという。斉藤教授は「私が当局ならミキシングやハブを自分たちで運営する」という意見も出た。

番組後半では、その匿名性についてBitcoinだけではなくEthereumについても言及をする。豪華出演メンバーだけあり、その深い議論は興味深い。今回の実験と匿名性の関係性、その先に見えてくるものなど、話はいつものようにさまざまな分野に飛び火し、広がりつつもあり、しかし尽きない。ぜひ直接配信を視聴していただきたい。

高橋ピョン太