イベントレポート

「お金とは何か」ビットコインによってパンドラの箱は開けられた

BlockstreamのCSOによるBitcoinとお金の現状と未来

サンフランシスコで開催された「SF Blockchain Week 2019」のメインイベントEpicenterより、BlockstreamでCSOを務めるSamson Mow氏とINC.comのAndrew Thomas氏によるFireside Chat「Bitcoin and Money」のレポートをお届けする。戦略的かつ未来を見通す力に長けた両氏が、業界の課題と行く末、通貨とは何かについて熱い議論を展開した。

Samson MowとAdam Back

暗号資産・ブロックチェーン業界に強くアンテナを張っている人であれば、Samson Mowの名前を知らない人はいないだろう。Mow氏は、古くよりビットコインコミュニティの発展に貢献してきた人物で、現在はBlockstreamのCSOを務めている。Blockstreamは、暗号技術の第一人者であるAdam Back氏らによって設立された世界有数のブロックチェーン企業だ。Back氏は、ビットコインなどのブロックチェーンの根幹をなす仕組みProof-of-Workで使われるアルゴリズム「Hashcash」を発明した人物である。

そんなBlockstreamのMow氏と議論を展開するのは、大手ビジネスメディアINC.comで活躍するThomas氏だ。彼は、暗号資産・ブロックチェーン業界を専門とする人物ではないが、テクノロジーを活用したビジネスに明るい。本セッションのタイトルである「Bitcoin and Money」といった抽象的なテーマには最適な人物だといえるだろう。

Blockstreamを知ることは金融の未来を知ること

本セッションの前半では、多岐に渡るBlockstreamの事業についての説明に時間が割かれた。Blockstreamの活動は、未来の金融インフラを整備することを目的としている。そのため、Blockstreamの事業を理解することは、金融や通貨の未来を理解する近道となるだろう。まずは改めて少しおさらいしておこう。

Blockstreamでは、インターネット通信を必要とせずにビットコインネットワークにアクセスすることが可能な「Blockstream Satellite」、ビットコインのライトニングネットワークを簡単に導入するためのツール群「Lightning Charge」などを開発している。中でも最も有名なのが「Liquid Network」だろう。詳細はこちらの記事に譲るが、Mow氏による紹介もほとんどがLiquidについての内容だった。Liquidは、ビットコインのサイドチェーンを使った決済システムである。既に世界中の大手取引所がこのプロジェクトへ参画している。

通貨の第一歩は流動性から始まる

Mow氏は、全てのブロックチェーンの中で最も整備されているのがビットコインブロックチェーンだとし、必然的に最も使用されている暗号資産もビットコインだと語った。ビットコインは非常に安定したプロトコルであり、突出した流動性を誇る。法定通貨にせよ仮想通貨(暗号資産)にせよ、使われなければ意味がない。使われるためには、通貨としての三大要素である「価値の交換手段」「価値の尺度」「価値の保存」を満たす必要があるのだ。このうち、流動性は「価値の交換手段」に該当する。Mow氏は、まずはこの流動性が通貨にとって欠かせない要素であると強調した。要するに、その通貨を使いたい人とそれを受け入れる人が一定数存在しなければ、通貨としての第一歩を踏み出せないのだ。

Andrew Thomas氏(左)とSamson Mow氏(右)

ブロックチェーンの課題は依然としてスケーラビリティ

Mow氏は、唯一と言っていいほど、ビットコインの課題はスケーラビリティに存在するという。彼は、Blockstreamが2015年からライトニングネットワークに投資し続けてきた理由は、スケーリング性能にあると説明した。そしてこの日(11月1日)、自社サービスであるc-lightningのアップデートを発表している。c-lightningは、ライトニングネットワークを利用した開発をサポートするツール群だ。この日発表された新バージョンでは、c-lightningがLiquid Bitcoinへの対応を開始したという。これにより、ライトニングネットワークとLiquidがより関係性を深めたといえる。

Mow氏は、新興テクノロジーが誕生した際の歴史の変遷を振り返り、ブロックチェーンも同じ道を辿っていると語った。ブロックチェーンは多くの優秀な開発者が集い、議論を重ね改善を進めている。しかし、どうすればブロックチェーンがマスアダプトするかという質問には誰も答えられていない。CSOとしての彼の立場からすると、ブロックチェーンをビジネスの観点で考察している人があまりにも少ないと感じているのではないだろうか。

お金とは何か

セッションの終盤には、「なぜビットコインなのか」「お金とは何か」というテーマについて議論が展開された。Mow氏は、全てのブロックチェーンはビットコインから始まり、他のブロックチェーンは「ビットコインの領域」以外に適したものを開発しているという。ここでいう「ビットコインの領域」こそがお金だ。

Mow氏は、ビットコインが登場した10年前の時点では、お金に関する議論は全くされていなかったと話す。当たり前の存在であったために、誰もその仕組みに疑問を抱かなかったのだ。しかし10年が経過した今日、我々の議論はビットコインが変革する未来とそれによる恐怖にまで至る。

この10年でいくつもの国でハイパーインフレが発生し、自国の通貨がデフォルトしてきた。Mow氏は、お金は政府の監視ツール、そして国民をコントロールするための手段だと述べ、お金とは何かについてもう一度考えるべきだと力説する。彼は、ビットコインを人類が持つ最初のお金だと表現し、ビットコインにアクセスする権利は誰もが持っていると主張した。そして、そのためのインフラ整備をBlockstreamで実現していくと語る。

著者の考察

Mow氏は生粋のビットコイナーとして有名であり、イーサリアム共同創業者のVitalik Buterin氏とも火花を散らしてきたことは記憶に新しい。日本には開発者を中心に熱いイーサリアムコミュニティが存在するが、元祖暗号資産・ブロックチェーンであるビットコインについても、改めて注目する必要があると感じた。

ビットコインの誕生によって、現在のお金は果たして何を根拠にその価値を担保しているのかという、一種のパンドラの箱が開けられた。国という抽象的な存在への信頼を、我々はこれまで疑うことがなかったのである。Mow氏のいうように、誰もがアクセス可能で誰からもコントロールされない存在こそ、真のお金になり得るのかもしれない。

株式会社techtec

「学習するほどトークンがもらえる」ブロックチェーンのオンライン学習サービス「PoL(ポル)」を運営。世界中の著名プロジェクトとパートナーシップを締結し、海外動向のリサーチ事業も展開する、日本発のブロックチェーンリーディングカンパニー。

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