イベントレポート

野村、ブロックチェーンによる資本市場インターネット化を目指す=JBA定例会レポート

BOOSTRY社CEOの佐々木俊典氏が語る「今後の証券トークンの世界」

11月26日、一般社団法人日本ブロックチェーン協会(JBA)が主催する定例会において、BOOSTRY社のCEOである佐々木俊典氏が「今後の証券トークンの世界」と題する講演を行った。

BOOSTRY社は9月2日に、野村ホールディングスが66%、野村総合研究所が34%という出資比率でのもとで設立が発表された合弁企業で、ブロックチェーン技術を活用することにより有価証券等の権利を交換する基盤技術の開発・提供を行うことを目的としている(参考記事)。そして、11月15日にはその基盤である「ibet」に関する公式サイトも公開している(参考記事)。

この講演では、最近の有価証券を取り巻く市場環境と、同社が目指す証券トークン(セキュリティトークン)が目指すサービスのイメージについて語られた。

BOOSTRY社・CEOの佐々木俊典氏

有価証券市場の動向

BOOSTRY社が目指す基盤のコンセプトを理解するためには、現在の資本市場の課題について理解しておく必要があるだろう。

佐々木氏が示した資料によれば、2015年以降のIPOを含む公募増資の市場はおよそ2500億円から9000億円(日本取引所グループ統計情報など)である一方、株主還元額は20兆円を超えていると見込まれる。これは日本の株式市場が大幅な払出市場になっていることを象徴しているデータだ。佐々木氏はこの原因として、証券市場における「高いコスト」と、発行体が望むことが「(お金だけでは解決しない)ファンの獲得」であるという2つを挙げた。

「高いコスト」とは、いうまでもなく有価証券の取引にまつわる時間的コストと資本的コストを指している。金融商品としての有価証券の信頼性を担保するためには、発行体と投資家の間に存在している証券会社、監査法人、取引所といった中間プレイヤーらが多大なコストをかけて支えている。しかし、デジタル化が進んだいまの時代、常に従来と同じ仕組みが必要かというと疑問もあると指摘した。

さらに、発行体が欲しているのは、資金を調達するということだけでなく、それにともなって自社の顧客やファンとなってくれる個人や取引先を獲得したいということだという。そもそも資金があってもユーザーがいなければ新規事業は始まらないというわけだ。それを解決する方法としての観点で考えると、発行できる金融商品が定型的であり、各社が工夫する余地がないという限界もあるという指摘もした。

資本市場の課題
資本市場の課題(原因)

ibetが目指すもの

こうした市場の課題を解決することを目指し、ブロックチェーンを使って資本市場を「インターネット化」しようというのがこの事業のコンセプトだという。すでに金融サービスではスマートフォンやパソコンを操作し、インターネットで取引をすることは当たり前になっているが、それはあくまでユーザー(投資家)から金融機関までの経路がインターネット化されただけであり、取引市場そのものがインターネット化されたわけではないという意味だ。ここでいう「インターネット化」とはそうした取引市場、ひいては資本市場をインターネット化するという考えだ。

佐々木氏はインターネット化するメリットとしては次の3つをあげることができると述べた。これらはすでに述べた課題を解決する上での鍵となるものだ。

  • 相対:調達者と資本家が直接つながる
  • 即時:いつでも売買、いつでも保有者が分かる
  • 自由:自由な商品設計
資本市場の課題(解決策)

BOOSTRY社が開発するibetはこうした市場背景を踏まえ、内在する課題を解決することを目指して設計されている。

上記のスライド写真にはこのibetの提供する機能の概念を示している。証券化するということは有形無形の資産の価値を小分けにすることで、広く分散流通させることでもある。ibetは社債や株、所有権、会員権をはじめとして、さらには何らかのデジタルアセットなどの権利をデジタルで証券化し、それを売買したり、権利の行使をしたりできるようにするための流通基盤を提供するものである。

仕組みとしては、ブロックチェーンで相対取引ができる市場を作り出し、消費者(資本家)や調達者(発行体)らおのおのが直接に取引できるようにしようとするものだ。さらにibetで特徴的なのは、開発コミュニティが存在し、スマートコントラクトなどの開発の支援を行うという座組みである。なお、スライド写真中には決済代行が書き込まれているが、BOOSTRY社そのものは仮想通貨の交換所は営まず、第三者となる仮想通貨交換事業者に参加してもらうことで、仕組み自体の利便性があがるとしている。そして、これらのメンバーを含めたコンソシアムを組成してニュートラルに基盤を運営していく考えだ。

共有基盤「ibet」
共有基盤「ibet」(仕組み)

こうした基盤ができた結果として、資本市場の形がどう変化するかということについて、佐々木社長は「機動的で自由度の高い、<オンデマンド×金融>」と「投資をすることをきっかけとする<ファン作り×金融>」が実現するとしている。自社で主体的に投資家を募り、いつでも、いくらからでも資本市場からの調達が可能になることは、すでに指摘したコスト高という課題の解消による。また、こうしたデジタル基盤を使うことで、投資家には発行体と近い(または、つながったという)イメージを持つことができ、さらには単なる金銭的なリターンのみならず、何らかの「権利」、例えば従来の株主優待的な仕組みによる価値もデジタル基盤を通じて提供したり、流通させたり、取引したりすることができるとしている。

オンデマンド×金融
ファン作り×金融

将来の証券トークンの姿

現在のところ、株式や債権というすでに実市場にある有価証券の例で特徴を捉えてきたが、将来的には非金融領域のこれまでは証券化にはなじまなかったような分野にも応用が可能だとしている。すなわち、資本市場のデジタルアセット市場化という流れである。

資本市場(拡張された資本市場=デジタルアセット市場)

2020年春には改正金融商品取引法(改正金商法)が施行されることになっている。これは証券トークンに関わる金融商品取引法ともいうべきもので、証券トークンの発行や流通のスキームが確立されることになる。佐々木氏はこうした法的な環境整備とともに、技術的な環境整備が進むことで、2020年度にはさまざまなユースケースが登場すると考えられると述べた。その上でも重要な「キーとなる機能」は決済と鍵管理であると指摘した。取引ネットワークの中に決済機能会社が参加することで、利便性は大きく向上する。また、かねてよりブロックチェーンの事件で話題となる鍵管理についても万全な方法が選択できるようになることで、基盤の安心感が醸成されることにつながるとした。

そして、消費や投資がボーダレスになり、これまでの金融だけでなく、日常や趣味の世界においても新たな用途が生まれてくることが期待されると述べた。

まとめ:コンソシアムで運営するオープンな基盤と健全な市場

「ブロックチェーンの技術を使った資金調達」というと、かつて市場をにぎわしたICO(Initial Coin Offering)をイメージする人も多いと思われる。しかし、証券トークンでは法的な規制が行われているという点でそれとは大きく異なる。かつてそうした規制がなかったこともあり、詐欺的なICOに引っかかってしまった人も多かったともいわれているが、それはあくまで消費者の責任であり、泣き寝入りする以外ないようなこともあった。

法律により制度化されたことで、より健全なインターネット化された証券市場が生み出され、発行体も投資家もこれまでにないメリットを享受できるようになる可能性が出てきた。その可能性を見据え、その上でibetが目指すのは、既存の証券市場における知見の上に課題を解決ができるようになる基盤を構築したところだろう。あくまで参加者がその上に参入ができるようになるという基盤であり、すでに述べたような決済機能や各種アプリケーション、そしてそれぞれの証券に対する格付けサービス、それは既存の格付け会社だけでなく、新たな仕組みも含めて多様なビジネスから生まれる価値も融合して、活性化されていくのだと思われる。

中島 由弘

フリーランスエディター/元インターネットマガジン編集長。情報通信分野、およびデジタルメディア分野における技術とビジネスに関する調査研究や企画プロデュースなどに従事。