インタビュー

ラカラジャパンが計画するキャッシュレス決済×ブロックチェーン

ユーザーはもっとお得に。店舗はもっと便利に

ラカラジャパン・COOの八木秀樹氏

昨今何かと話題になる「キャッシュレス決済」、最も普及している国は中国だ。その中国のキャッシュレス化最前線にある企業ラカラが今、日本法人を構えブロックチェーンを活用した新サービスを計画している。アクワイアラである同社は、キャッシュレス戦国時代を生き抜くためにブロックチェーンを用いた「新たな付加価値」の創出を目指す。その全容を、ラカラジャパンCOOの八木秀樹氏に伺った。

ラカラジャパンの成り立ち

ラカラジャパンが取り組むブロックチェーン戦略の説明に入る前に、まずは同社の成り立について説明する。同社のルーツは中国のラカラという元スタートアップ企業。2005年に設立し、キャッシュレス決済用の端末を展開。決済事業者と消費者との橋渡しを担うアクワイアラという業種において、パイオニア的な存在だという。

同社はIT大手のレノボと協業し、キャッシュレス化の黎明期に中国でシェアを獲得。現在ではアクワイアラ事業と連携したポイントサービスやSNSといったものも運営しており、エコシステム全体で1億2000万人以上の中国人顧客を抱える。アクワイアラとしての年間取引額は72兆円相当にも上る。

2010年時点で、未上場で評価額10億ドル以上のテック系スタートアップ企業だけが認められるユニコーン企業に名を連ねる(参考資料)。2019年4月には、グループ会社のラカラペイメントを通じて深セン証券取引所で株式上場を行っている。

中国ラカラの海外法人第1号がラカラジャパンだ。ラカラの海外展開の構想は、2017年夏頃に八木氏の元に届いたという。そこで、ラカラジャパンの現代表取締役社長である張健氏と共に会社を立ち上げたのが2018年2月のこと。

ちなみに、今回のインタビューには登場しないが張社長は傑出した経歴の持ち主だ。15歳で中国国立天津医科大学に飛び級で入学。17歳で医学の勉強が嫌になって来日(八木氏談)し、19歳で九州大学に入学。経済学部を出て日中貿易や中国市場戦略のエキスパートとして日本で活躍していたところ、ラカラ本社から日本法人立ち上げの相談を受け、ラカラジャパンの設立に至った。

ラカラジャパンの張健社長(写真左)とCOOの八木秀樹氏(写真右)。八木氏が抱いているのはイメージキャラクターのコアラ。

日本のキャッシュレス市場

「キャッシュレス」と聞いてまず思い浮かぶのは「○○ペイ」ではないだろうか。それも一様ではなく、各社がキャンペーンを活発に行い、客を取り合うようなイメージがある。ところで、こういった決済事業者のアプリをレジにて示す際、お店側の対応に注目したことがあるだろうか。レジには複数の端末があるはずだ。それは決済事業者が専用の端末として提供しているものだったり、大手企業のロゴが入った複合端末だったり。複数の決済手段に対応するお店では、レジを含めて3台、多ければ5台程度の端末が置いてある。

こうした状況は、お店にとって不都合な点が幾つもあるという。まずシンプルに、端末によるレジスペースの占有や従業員の対応の複雑化がある。さらに厄介な問題が、より多くの決済手段に対応するために端末の数を増やし、複数のアクワイアラが介在する形になると、それぞれ勘定が異なってくる。こうなると「月末の決算処理など、キャッシュレスで便利になるはずの部分が、逆に非効率化してしまう」(八木氏)

これは現在黎明期にある日本のキャッシュレス化が直面する問題だが、かつては中国にも同様の問題があった。中国ではWeChatPayやAlipayを筆頭に、クレジットカード決済を含めると実に30以上の決済手段がある。それらを1台の端末で処理しつつ、QRコードの読み取りや表示、レシートの印刷までを一括で担い、さらにはモバイル回線やWi-Fiへの接続が可能な端末を展開しているのがラカラだ。

ラカラ開発のマルチ決済端末。国内向けのカスタム版(写真左)は黒(または白)基調のデザインに一新した。

ラカラジャパンは、マルチ決済端末の国内向けカスタム版を提供。本体カラーをライトブルーから落ち着いた黒または白へと改め、交通系電子マネーなどのFeliCa式タッチ決済にも対応する。端末のOSはAndroidをベースとした実装であり、すでにクレジットカード・QRコード・電子マネー・中国系決済のカテゴリで30近い決済手段に対応している。インターネット経由で一斉にアップデートすることも可能で、対応ブランドは順次増やしていくことができる。

このマルチ決済端末は、いくつかの条件があるものの、店舗負担0円かつ安価な決済手数料で提供されている。これ1台の操作を覚えればよいため従業員の負担も小さく、勘定はラカラジャパンに一元化されるため、書類作りも効率化できる。

一般的な決済端末との比較。ラカラ端末がオールインワンであるのに対し、一般的にはモバイル決済だけで2から3台のデバイスが必要になる場合も多いという。
導入コストは0円。キャッシュレス・消費者還元事業により2020年6月30日までの期間、導入費の全額を国の補助金とラカラジャパンが負担する。

キャッシュレス決済を導入する小売店や飲食店などからすれば、願ったり叶ったりのサービスだが、果たしてビジネスとして成り立つのか。この疑問に対し、八木氏は「今はシェアの拡大が最重要。使い方も精算も店舗ファーストでより良い仕組みに塗り替えていきたい。我々が得をするのは店舗の後だ」と強気の姿勢を示した。

ラカラジャパンは特に、中小企業や個人経営の店舗への導入を推進している。導入コストと学習コストが安いため、そこで二の足を踏んでいる店舗に最適なのだという。自治体との連携もあり、商店街を丸々1つカバーするような形で数百台単位でのまとまった導入もあるのだとか。また、現時点では具体的には明らかにできないものの、スポーツにそれほど関心の無い筆者も知るほどの有名な大手スポーツ用品グループが、導入を決定している。

B向けビジネスにエンドユーザーを巻き込んでエコシステムと成す

ここまでの説明を聞くと、キャッシュレス戦国時代の中、ラカラジャパンには十分に勝算があるようにも見える。だが、八木氏は「ただ安いだけでは、端末だけの勝負では、価格を下げ合うだけの不毛な戦いになる」と課題を分析。さらなる付加価値の提供をもくろむ。これまでのサービスはいわゆるB向け、事業者に向けたサービスだが、ここに上乗せする形でC向け、つまりはエンドユーザー向けのサービスを開始することで、末端までカバーするエコシステムの構築を目指す。

そこで白羽の矢が立ったのがブロックチェーン技術だ。八木氏自身がプロジェクトを考案し、自ら舵を取っている。その計画は、「MIRAI NO WALLET」(ミライノウォレット)として完成を間近に控え、まだ明かすことはできないものの、リリースまでの具体的なロードマップも存在する。

コードネーム「ミライウォレット」で開発を進めていたが、商標の関係で正式名称は「MIRAI NO WALLET」になる

ブロックチェーンを用いてトークンエコノミーを構築することで、アクワイアリング事業に付加価値を与える着想を得た八木氏は2019年初夏、プライベートブロックチェーン「mijin」を開発するテックビューロホールディングスにアイディアを持ち込んだ。初会合から、すぐにプロジェクトが始動。約3か月後の夏が終わる頃にはプロトタイプが完成していた。

なぜブロックチェーン技術を、なぜmijinを選んだのかという問いに、「このスピード感が重要だったこと」と「さまざまな属性を簡単にトークンに割り当てられること」であると八木氏は述べる。mijinを開発するテックビューロHDが国内企業であり、その開発もメインは国内で行われていること、また国内で多数の実績があるからパートナーに選んだのだという。プロジェクト開始以降、両社のチームは二人三脚の体制で毎週ミーティングを行いながら駆け足で開発を進めることができた。

MIRAI NO WALLETの全貌

MIRAI NO WALLETは、ウォレットの名の通り「ポイントを貯める」機能と「ポイントを使う」機能が基本となる。全機能がブロックチェーン上で実装され、ポイントは代替可能なトークンとして発行される。

ポイントの使い方から説明すると、リリース時点では1ポイント=1円として、ラカラジャパンの決済端末設置店舗で利用可能なクーポンとして使用できる。発行したクーポンもまたブロックチェーンのトークンとして発行。ウォレットに登録される。使用時はレジでQRコードを提示し、同端末で読み取ることで処理をする仕組みだ。また、トークンなのでユーザー間での受け渡しも可能だという。

ポイントの入手方法は随時追加していくとのことだが、リリース時点ではシンプルに支払い額の5%をポイントとして還元していく。このポイントは、「○○ペイ」の決済事業が付与している独自ポイントと重複して受け取ることができるので、ユーザー視点ではお得だ。また、一定距離を歩くことで健康促進のリワードとしてポイントを獲得できる仕組みも備える。

「MIRAI NO WALLET」の基本はポイント獲得とクーポンとして消費

リリース以降の追加予定として、MIRAI NO WALLET上にSNS的なコミュニティを構築し、そこで店舗利用の感想を書き込むことでポイントを得られる仕組みや、店舗を訪れた際のポイント付与も検討しているという。さらにこれらユーザーのデータを用い、加盟店を含めたマーケティングにも活かしていく計画だ。

ここまでの内容だと、ブロックチェーンを使う必然性はないように思える。だが、MIRAI NO WALLETは単なるポイントサービスにはとどまらない。

これらのポイントはmijinの最新版であるCatapultを用いて実装されている。トークンにさまざまな属性を割り当てることができるので、たとえばレディースデーのようなものを設定して女性限定でポイントを付与するとか、特定地域内の店舗でのみ使える地域通貨をOEMとして提供することが可能だ。また、こういった対象者が限定されるポイントを、使う予定がない人が受け取った場合、ユーザー間での受け渡しが可能というのもメリットだ。

さらには、将来的には異なるポイント基盤と連携していくことも考慮されている。mijinと連携し、異なるブロックチェーン間でトークン連携を可能にするCOMSAを用いれば、他のポイントサービスと連携する形でのエコシステム拡大も可能なのだという。「将来を見越した拡張性のためにブロックチェーンを選んだ」ということだ。

最終的には三人四脚で開発を加速

以上の機能を持ち、ローンチ以降にさらなる機能追加を行っていく「MIRAI NO WALLET」だが、実は開発は途中から三人四脚体制に移行している。歩いてポイントを貯める機能はNEMを活用した「FiFiC」から輸入した機能なのだ。開発チームには、開発中期から「FiFiC」を手がけるOpening Lineのチームが合流。3社が膝を突き合わせながら、さらに加速度的に開発を進めることができた。

ブロックチェーンプロジェクトでは、トークンという一定の規格があり、さらにmijinの場合は各機能がモジュール化されているため、このように既存のプロジェクトの要素を機能として盛り込むということは従来よりも簡単にできる。

当初の想定よりも格段に早くプロジェクトを前に進められたのは、ひとえに「チームワークの賜」だと八木氏は言う。加えて、「私個人としては一切の苦労なく考えた通りかそれ以上にスムーズに計画を進められている。少なくともアプリとしては来春までに問題なくリリースできるだろう」と自信を示した。

ラカラジャパンは今回のブロックチェーンを用いたエコシステムのプロジェクトが軌道に乗れば、日本発でインドやベトナムの子会社でも同様のプロジェクトを進める計画だという。また、中国側のサービスとも連携を行って訪日中国人向けに利便性を提供していく考えも明らかにした。さらに未来の計画となるが、現在AWS(Amazon Web Service)で運用している決済基盤をブロックチェーンに移すことも視野にあるのだとか。

日下 弘樹