コラム

日本のブロックチェーンはなぜ世界に遅れを取っているのか

米国を比較対象に、技術では引けを取らない日本の産業構造を指摘

いつしか、ブロックチェーン業界には「Blockchain Week」という突如発生するイベント週間が存在するようになった。きっかけは、世界最大級の米国WebメディアCoinDeskの主催するビジネスパーソン向けカンファレンス「Consensus」やパブリックブロックチェーン最有力のイーサリアムに関する開発者向けカンファレンス「Devcon」などだ。これらの大規模カンファレンスを中心に、その前後1週間ほどに開催されるイベント群を総称して「Blockchain Week」と呼ぶ。

そんなBlockchain Weekが、10月28日から11月3日にかけて、テクノロジーの最先端都市である米国サンフランシスコでも開催された。メインイベントは「Epicenter」。世界中のキーパーソンが登壇し、計5000名にものぼる参加者が集結した。例に漏れず、前後1週間でDeFiハッカソンや学生向けのキャリアフェアが催されていた。

筆者は、メインイベントにおける一つのセッションとして用意された「Insights into Japan's Ecosystem」へ登壇する機会をもらい、海を渡った。これほどの大規模イベントで日本単体についてのセッションが組まれること自体、これまでにあまり例がない。独特の文化や言語を持つ島国の情報は入手しづらく、高い関心が感じられた。

今回、自身のセッションを除く全ての時間を、ブロックチェーン最先端都市における情報収集に費やした。各セッションの詳細は、5本のイベントレポートにまとめたためそちらに譲ろうと思う。日本とのギャップが特に激しいと感じたセッションをテーマに選んだため、ぜひともご覧いただきたい。

本コラムでは、「San Francisco Blockchain Week」(以下、SFBW)をはじめ、米国で感じた日本との違いについて全体感をまとめていく。現地で大きく注目を集めたセッションや、日本との違いが大きいと感じたテーマについて、主観を中心にお伝えしたい。そのため、オープンな議論をTwitter経由でいつでも受け付けたいと考えている。賛否両論を、末尾のTwitterリンクよりいただきたい。

SFBWの開催期間中に、ビットコインは11歳の誕生日を迎えた

ブロックチェーンは実用化フェーズに突入

まずはブロックチェーンのビジネス活用についてだ。このテーマでは、米国と日本で最も大きな違いを感じている。結論からいうと、米国ではブロックチェーンは完全に実用化のフェーズに入っていた。誤解を招かぬよう、少しずつ中身を紐解いていこう。

大前提から触れていくが、ブロックチェーンが実用化フェーズに入っているとは、コンソーシアム型を前提とした場合の話だ。ビットコインやイーサリアムのようなパブリック型のブロックチェーンについての議論は、米国と日本に大きな差はないと感じる。なぜなら、議論の中心にいるのが個人デベロッパーだからだ。ブロックチェーンに限らず、日本人デベロッパーのレベルは世界的にみても非常にレベルが高い。むしろ、言語のビハインドがありながらも相当の水準を維持しているのではないだろうか。この点、去る10月にDevconが日本で開催された理由も多少納得できるものがある。

問題は、ビジネス側の人間に明らかな差があるという点だ。米国では、ブロックチェーンビジネスを展開するにはコンソーシアム型が最も現実的であるという理解が、以前よりかなり進んでいる。SFBWでも、日本語にも翻訳された名著「ブロックチェーンレボリューション」の著者であるDon Tapscott氏と世界最大級の物流企業FedexとのFireside Chatに多くの聴衆が集っていた。

パブリック型のブロックチェーン以外について議論する場合、日本ではよく「Why Blockchain」という言葉を耳にする。要するに「それブロックチェーン使う必要ある?」ということだ。Fedexのような物流におけるサプライチェーンにブロックチェーンを適用する場合、多くが運送される商品のトラッキングを目的としている。この商品追跡をブロックチェーンで行う意義は大いにある。最もインパクトが大きいと考えるのはヒューマンエラーの防止だ。スマートコントラクトで物流の管理を自動化することにより、意図したエラーだけでなく意図しないエラーすらも防ぐことができる。これは純粋なプログラムとデータベースの解放では実現できない。なぜなら、そこに人間の意思が介在するからだ。

筆者は最前列に席を確保してしまったため、全体の写真を撮ることができなかった。こちらはカンファレンス運営事務局より頂戴した写真である

日本では、2018年から2019年にかけて、ようやくこういった議論が展開されるようになってきた。しかし、一方の米国では既に実装が完了し始めている。ソフトウェア開発における考え方にMVP(Minimum Viable Product:実用最小限の製品)というものがあるが、構想段階と実用段階では天と地ほどの差がある。得られる結果やナレッジ、実績に圧倒的な違いが出るのだ。

パブリック型のブロックチェーンに関する議論では、日本は決して遅れを取っていない。しかし、日本のブロックチェーン産業がもう一歩先に進むには、コンソーシアム型のブロックチェーン活用をいかに進めていくかが鍵となるだろう。筆者の意見としては、プライベート型のブロックチェーンから始めても、その効力を十分に感じることができるのではないかと考えている。

政治家とブロックチェーン

次に、政治に関する考察を述べていきたい。このテーマも、日本に米国との大きなギャップがあると感じた。SFBWでは、証券取引委員会(SEC)の委員や市長、下院議員などが民間と直接議論を交わす場が多く用意されていた。これは、日本のブロックチェーンシーンではあまり見られない光景だろう。セッションレポートの一つでも紹介した米国下院議員のWarren Davidson氏は、「政治家の仕事はテクノロジーによる新興産業をサポートすることだ」と述べている。

日本においてロビイングと表現される民間から行政へのアプローチは、基本的に政治家を介して行われることが多い。しかしながら、政治家と民間の距離が遠い日本では、ロビイングは民間に一般的なテーマではないといえるだろう。上述した通り、米国の政治家はそもそもの考え方が日本と異なるため、カンファレンスへの登壇も多く、民間からの意見に対してオープンな姿勢をみせている。SFBWでも、Davidson氏だけでなくSECのHester M. Peirce氏や、カリフォルニア州エメリービル市長のAlly Medina氏のセッションの後には、多くの聴衆が直接議論を交わしていた。こうした、直接的な議論や適切なロビイングが日本で行われないことによる弊害は既に起きている。日本の規制は、わかりやすくその様子を反映しているといえるだろう。

米国の場合、暗号資産に対する法律を制定する際に、ブロックチェーンによるイノベーションが明確に考慮されている。例えば、証券法の枠組において、暗号資産が証券に該当するか否かという点を考察する際には、当該の暗号資産を管理するブロックチェーンが十分に分散されているかが論点となっている。筆者はSFBWにおける自身のセッションでも触れたのだが、日本の場合、ブロックチェーンによるイノベーションが暗号資産に対する法律によって阻害されていると感じる。例えとしては、カストディの要件があげられるだろう。これは、行政へロビイングする機会を得ている企業の多くが、暗号資産の交換業を主として行なっているものであるためだ。そういった企業のみのロビイングにより偏った意見が提出され、結果的にイノベーションを阻害しているのである。

San Francisco Blockchain Weekのセッション「Insights into Japan's Ecosystem」の一幕。登壇者は左からリクルートホールディングスのYoungrok Kim氏、アンダーソン・毛利・友常法律事務所の河合健弁護士、techtecの田上智裕(本稿執筆者)、DMM.comの篠原航氏

日本のスタートアップが世界で勝てない理由

最後に、本記事で最も伝えたいことに触れていこうと思う。ブロックチェーンに限らず、残念ながら日本のスタートアップは世界に遅れを取っている。これは既知の事実であるため詳細には触れないが、遅れを取っているという根拠は、創業間もない企業の母数やユニコーンの数、資金調達の総額を元にした意見である。

では、なぜ日本のスタートアップは世界で勝てないのか。筆者の理解が及んだ要因についていくつか言及しようと思う。なお、ここでは専門分野であるブロックチェーンの領域に対象を戻して触れていく。

まずは、資金調達である。米国VCのブロックチェーン投資実態の記事でも触れたが、米国のVCはブロックチェーンに対する理解が圧倒的に進んでいる。その証拠に、数百億円サイズのブロックチェーン特化型ファンドが次々と組成されているのだ。基本的に、企業の持つ資産の流れはバランスシートにおける右側(貸方)から左側(借方)に流れていく。この右側における資金の大きさが、米国と日本では圧倒的に異なるのである。文字通り、桁が違う。当然のことではあるが、スタートアップに限らず企業は元手となる資金次第で展開できる事業が決まってくる。

日本では、ブロックチェーンに限らずVCのファンドレイズは数十億円でまとまることが多い。三桁億円に達することは滅多にないのだ。先述の通り、米国ではブロックチェーン特化型ファンドで三桁億円のサイズのものが頻繁に組成される。当然、それだけの規模のファンドを運用するための知識も持ち合わせているため、手厚いハンズオンが期待できるだろう。日本発で日本のVCと共に世界を目指す場合、正直なところスタート時点で既に大きなビハインドを負っているのである。

二つ目に、日本だけでも「そこそこやれてしまう」ことについて言及したい。個人的には、これが最大の理由であると考えている。製造業で世界のトップを獲得した日本は、高度経済成長期を経てGDP世界第二位にまで上り詰めた。現在は中国の後塵を拝し三位に後退したが、それでも世界の三位である。そのため、日本発のスタートアップは日本国内だけを戦場にしても「そこそこやれてしまう」。本記事のテーマとギャップを感じるかもしれないが、そもそも日本発のスタートアップは世界を意識する必要性に欠けている。正直、当の筆者自身もこの対象から外れているとは決していえないだろう。一昔前の中国や現在のインド、シンガポールなどは、最初から世界を意識している。国内市場の規模からして意識せざるを得なかったのだ。彼らの持つアグレッシブさは、現在の日本の環境からは生み出されにくいといえるだろう。

資金調達をはじめ、国内の歴史的な経済事情や文化など、ブロックチェーンに限らず日本のスタートアップを取り巻く環境は決して良いものとはいえない。ここ数年のGDP伸び率をみても、今後の日本で「そこそこやれる」ことは次第になくなっていくだろう。その状況を当事者として捉えるか、はたまた自然な未来として迎合するか。社会を大きく変える可能性を秘めたブロックチェーンに取り組む以上、自らの意志で困難を打開していきたい。

SFBWではセッションだけでなく展示会場にも熱気が溢れていた
会場の通路を歩いていて突然話しかけられることは、米国では日常茶飯事だ

お詫びと訂正: 記事初出時、バランスシートに関する記述に誤りがございました。お詫びして訂正させていただきます。

田上 智裕(株式会社techtec代表取締役)

リクルートで全社ブロックチェーンR&Dを担当後、株式会社techtecを創業。暗号資産・ブロックチェーン業界で活躍するライターの育成サービス「PoLライターコース」を運営中。世界中の著名プロジェクトとパートナーシップを締結し、海外動向のリサーチ事業も展開している。Twitter:@tomohiro_tagami / @PoL_techtec