イベントレポート

ブロックチェーンの実用化に必要なのは破壊による変革ではない

既存産業への融合が今後の鍵となる

サンフランシスコで開催された「SF Blockchain Week 2019」のメインイベントEpicenterより、著名Podcast「What Grinds My Gears」を運営するMeltem Demirors氏とJill Carlson氏のセッションレポートをお届けする。

黎明期の産業を支える貴重な生の声

暗号資産・ブロックチェーン業界には、多くのPodcastが存在する。黎明期の産業において、業界の最先端で活躍するキーパーソンの生の声が聞けるということもあり、貴重な情報収集ツールとして人気を集めているのだ。「What Grinds My Gears」もその一つである。

このPodcastでは、毎週一つ重要なトピックが取り上げられる。Demirors氏とCarlson氏が、政治的・経済的・文化的な観点からトピックを深掘っていくのが特徴だ。彼女たちのバックグラウンドを活かした分散型金融(DeFi)への考察や、資本主義とプライバシーへの提言などのコンテンツが用意されている。全て英語ではあるが、政治経済・文化を切り口にした情報は稀有であるため、時間を確保して傾聴することを勧めたい。

ブロックチェーン業界を牽引する二人の女性

What Grinds My Gearsを運営するのは、Demirors氏とCarlson氏だ。Demirors氏は、投資家向けサービスを提供するCoinSharesでCSOを務める傍ら、Shiny Pony Venturesという投資会社を個人資本で運営している。一方のCarlson氏は、Slow Venturesというベンチャーキャピタルに務めつつ、Open Money Initiativeを運営している。さらに補足すると、Demirors氏はオックスフォード大学のビジネススクールで、ブロックチェーン戦略プログラムを教えている。 Carlson氏もまた、個人的な活動として0xやdYdX、Tezos、Zcashといった名だたるブロックチェーン企業のアドバイザーとして活躍中だ。両氏を語るのに、もはやこれ以上の材料は必要ないだろう。

左からMeltem Demirors氏とJill Carlson氏

最も重要なテーマは暗号資産のカストディ

本セッションでは、デジタル金融と投資に関するテーマが選択された。両氏は金融業界と暗号資産との融合について語り、暗号資産を社会に受け入れさせるのではなく、既存の金融システムと調和していくことが重要であると述べている。

暗号資産やブロックチェーンについて言及する際に、多くの人が既存産業をいかにディスラプト(破壊による変革)するかが重要だと考えているように感じる。確かに、ブロックチェーンは既存システムを代替する可能性を秘めたテクノロジーである。しかし、産業とテクノロジーが真っ向から対立していては、恐らく社会は良くならないであろう。

Demirors氏は、既存の金融システムの例として、銀行を取り上げ次のように言及した。
「暗号資産における最も重要なトピックはカストディ(資産管理)だといえます。皆さんは暗号資産をどこに保管していますか?取引所にせよウォレットにせよ、それら全ては銀行と同じ役割を果たしています。銀行を完全にディスラプトするのではなく、銀行から多くを学ぶべきではないでしょうか?」

これに対してCarlson氏も、「暗号資産を保有している人の多くが、自分の資産をどこかしらに預けている」と述べた。これは、先述した取引所にせよウォレットにせよ、自身で管理していると思っていても実は誰か(どこか)に預けている状態なのである、ということを示唆していたと思われる。

ブロックチェーンには「事実上」の要素が多すぎる

既存の金融システムとの融合が重要であると述べたものの、一方で、既存システムが現状のままでいいわけがない。金融システムの変革について、Carlson氏は次のように述べている。

「私がこの産業に参入したのは、既存の金融システムを大きく変革する可能性を秘めていることにワクワクしたからです。実際、これまでの金融システムはリスク重視で柔軟性に欠けていました。そのため、オープンではなく応用が効かない状態になっています。」(Carlson氏)

続けて、Demirors氏も次のように意見を述べた。

「金融システムを大きく変革できるであろうブロックチェーンですが、ブロックチェーンでデータを管理するからといって透明性が担保されるとは限りません。」(Demirors氏)

ブロックチェーンについて言及する場合、透明性について語られることはよくあることだ。Demirors氏は、「多くの人々は、ブロックチェーン上で何が起きているのかを理解するために、”必要な手順”を踏むことができない」と説明している。続けて、「JPモルガンのバランスシートを理解するよりも難しい」と例えをあげた。ブロックチェーンで実現する透明性や分散性は、多くの前提事項が省略された上で考察されているのである。

著者の個人的な意見だが、この部分は本セッションで最も示唆に富んだ。Demirors氏の述べた「ブロックチェーン上で何が起きているのかを理解するために必要な手順」というのは、ブロックチェーンに記録されているデータを実際に閲覧する行為を意味する。黎明期であるブロックチェーン業界では、様々な要素が”事実上は”という前提の元に議論されている。ブロックチェーンの耐改ざん性や透明性も、まさに”事実上は”の域を超えない。要するに、誰もが先述の”必要な手順”を実施できるようにならなければ、本当の意味でブロックチェーンが実用化されることにはならないのだ。

非中央集権とは名ばかりの状態

セッションの最後では、暗号資産・ブロックチェーン業界に存在する企業やプロジェクトに対する両氏の見解が述べられた。Demirors氏は、「この産業は既にとても大きな影響力を持ち始めている」と述べた。The DAOのハッキング事件におけるイーサリアムのロールバックを例にあげ、「同じことが今ビットコインで起きた場合、その影響は計り知れない」という。一方のCarlson氏は、「結局のところ多くの企業・プロジェクトが銀行になりたいと考えているように感じる」と言及した。「非中央集権とは名ばかりで、富と権力を握ることを暗に目指しているのではないか」という。両氏の意見とも、業界を俯瞰的かつ客観的に考察したものだといえるだろう。

著者の考察

今回のセッションは、投資家や実業家として多方面で活躍する両氏によって展開された。そんな彼女たちの率直な見解からは、暗号資産・ブロックチェーンには我々の想像以上に分かり易さが必要である、との考えが垣間見えた。金融システムの変革然り、なぜ変革する必要があるのか、変革された未来はどれほど便利になっているのか、老若男女に対して明確に説明できなければならない。ブロックチェーンのようなテクノロジーは、どこまでいっても手段でしかない。手段が目的を探すといった逆転現象が起きているのが、現状のブロックチェーンではないだろうか。引き続き産業との融合に注目していきたい。

株式会社techtec

「学習するほどトークンがもらえる」ブロックチェーンのオンライン学習サービス「PoL(ポル)」を運営。世界中の著名プロジェクトとパートナーシップを締結し、海外動向のリサーチ事業も展開する、日本発のブロックチェーンリーディングカンパニー。

Twitter:@PoL_techtec