イベントレポート

90日周期の定期アップデートを続けるブロックチェーンTezos=BlockChainJam 2019

LPoS、形式検証、オンチェーン・ガバナンスを語る

ブロックチェーン技術Tezos(テゾス)は、プロトコル自体に約90日周期で機能アップデートを行う仕様が組み込まれている。現時点で2回の機能アップデートを実施済みだ。ブロックチェーンのコミュニティが仕様をめぐる意見対立で分断しないように作られている。

今回の記事では、11月17日、ブロックチェーン分野のカンファレンス「BlockChainJam 2019」で行われた講演「Tezosとオンチェーン・ガバナンス - "Kyoto amendment"に向けて」の内容を中心にお伝えする。講演者は、Tezos Japan、DaiLambda, Ltd.の古瀬淳氏。DaiLambda(ダイラムダ)は2018年9月に設立した京都のスタートアップ企業である。Tezosのプロトコル開発(Plebeiaストレージサブシステムの開発)、エコシステムを構成するソフトウェアの開発(Tezosのスマートコントラクトを開発するためのSCamlコンパイラ)を手がけている。

Tezosは、2014年8月にホワイトペーパーを発表。2017年7月にICO(新規仮想通貨トークン発行による資金調達)を実施、日本円換算で約250億円相当(当時の仮想通貨相場による)の資金を調達した。2018年6月にBetanet開始、9月にMainnetを開始している。

全員参加の合意形成、バグ0を保証する形式検証、ガバナンス機構を組み込み

古瀬氏は、Tezosの特徴として次の3点を挙げた。(1)合意形成(コンセンサス)アルゴリズムLPoS(Liquid Proof-of-Stake)、(2)形式検証、(3)オンチェーン・ガバナンスである。

Tezosの3つの特徴

(1)の合意形成アルゴリズムLPoSは、選ばれた少数のノードではなく、誰でもブロック生成(Tezosではベーキングと呼ぶ)に参加できる点が特徴である。ブロックごとに生成者と「裏書人」をランダムに選出する。この際ベーキングが面倒なら業者に委託して報酬を得ることを選択できる。PoSによる合意形成は「特殊なスペックのハードウェアを必要としないので幅広く参加できる。「ベーキングは普通のノートPCで十分。例えば(超小型ボードコンピュータの)Raspberry Pi 4でもチューニングしだいで参加できる。幅広く参加できるので手数料が高騰しない」と古瀬氏は説明する。

(2)形式検証はTezosの大きな特徴といえる。「形式検証をすべての部品に適用する」(古瀬氏)。これによりバグが存在しないことを保証する。

講演内容からは離れるが、形式検証とはプログラムが異常な挙動をしない(バグがない)ことを数学的手法で証明する手法である。航空宇宙産業、原子力、鉄道、電力などの分野で事例が報告されているが、ブロックチェーン分野での適用はTezosが先駆けている。Tezosでは、形式検証との相性がよい関数型プログラミング言語OCamlを開発言語として採用している。

形式検証はブロックチェーン分野が抱える大きな課題の一つだ。Ethereumのスマートコントラクトのバグを突かれた「The DAO事件」の後で、スマートコントラクトの安全性を高めるため形式検証を取り入れる動きが出た。ただし、全面採用には至っていない。Tezosは形式検証に初期段階から取り組み、「すべての部品」に形式検証を適用している点で大きく進歩したといえる。

Tezosのユースケースでは、STO(セキュリティトークンの発行)プラットフォームとしての利用(Elevated Returns and Securitize、BTG and Dalma Capital、tZERO and Alliance Investments)、穀物先物(Decet)、簡易保険(Tezsure)、出資プラットフォーム(Viaz)、モビリティ分野(CHORUS mobility)のように「堅い応用が多い」(古瀬氏)。これは形式検証による安全性が評価されたためだ。「柔らかい」応用として、「Magic:The Gathering」などの影響を受けたカード収集ゲームをCoase社が開発中である。

政府機関での利用事例も出てきた。2019年9月、フランス憲兵隊のサイバー犯罪部門(C3N)がTezosによる経費管理システムの利用を始めたとの報告がある。内容は欧州刑事警察機構(Europol)が同部門に割り当てた予算を暗号通貨で引き出せるという内容のようだ。

ユースケースはセキュリティトークン発行のように「堅い」分野が目立つ

(3)今回の講演の主な話題がオンチェーン・ガバナンスだった。Tezosではブロックチェーンの機能変更(アップデート)の合意を取る機能をプロトコルに組み込んでいる。「Tezosはハードフォークしない、と言われることがあるが、それは嘘。むしろ積極的にハードフォークしていく(注:ここでいうハードフォークとは後方互換性がない機能変更を指す)。その際、コミュニティのハードフォークを防ぐ」(古瀬氏)。90日の更新サイクルがプロトコルに組み込まれており、80%の賛成票で採択、自動的にハードフォークで移行する。もちろん人間抜きにアップデートを進める訳ではなく、投票に至る議論はブロックチェーンの外側で行う。

Tezosは90日周期でオンチェーン・ガバナンスサイクルを回していく

最初のオンチェーン・ガバナンスが行われたバージョンは、「Tezos 004 Athens(アテネ)」である。「ここでシステムが動くことを確かめた」(古瀬氏)。この時の変更内容はGas Limit緩和、ステーキング条件緩和など細かな変更だった。賛成票は99.89%で、アップデートは無事に進められた。

次のアップデートは「Tezos 005 Babylon(バビロン)」。7月26日に提案、10月18日に賛成票84.53%で移行した。内容は合意形成アルゴリズムの改良、スマートコントラクト強化、デリゲーション(委託)手続きの単純化など大きめの仕様変更を含む。

2回目のプロトコルアップグレード「Tezos 005 Babylon」も移行に成功した

今回の講演の時点では「Tezos 006 Carthage(カルタゴ)」が11月13日に提案されて投票を待っている段階にある。その次の「Tezos 007」では、ゼロ知識証明プロトコルzk-SNARKsを活用するスマートコントラクトの導入、プログラマブルステーキングが予定されている。また、将来はPBFTベースの合意形成アルゴリズム、レイヤー2、予測市場によるプロトコル改定案の評価と報酬決定などが議論されている。

Tezosのバージョンに付けられたニックネームは、ABC順に世界の古都の名称が付けられている。そこで古瀬氏は「2021年前半にはバージョン名がKで始まる都市名になる。そこで"Kyoto"を提案したい」と講演を結んだ。

日本の仮想通貨規制をめぐる議論では「ICOプロジェクトからはプロダクトが出てこない。お金集めの手段としてしか機能していない」と批判する意見が声高に主張された。しかし、今回の記事で見てきたようにTezosはICOを実施した後にホワイトペーパーに記載した内容は実現し、継続的なアップデートが続いている。

Tezosが取り組んだ「ブロックチェーンのガバナンス」は、ブロックチェーン分野に共通する大きな課題だ。Bitcoinでは、過去にブロックチェーンの仕様変更をめぐりコミュニティを分断する大きな混乱があった(参考記事)。EthereumでもThe DAO事件の後始末のハードフォークをめぐりコミュニティが割れてEthereum Classicが分岐する混乱があった。

Tezosがこの課題に取り組み、オンチェーン・ガバナンス機能により2回のアップデートを済ませたことは重要な実績といえるだろう。「コミュニティがハードフォーク(分断)しない」狙いから定期的なアップデートがプロトコルに組み込まれており、コミュニティもアップデートに慣れてきている。継続的に機能強化していくブロックチェーンは、より大きな成果を生み出す可能性がある。

星 暁雄

フリーランスITジャーナリスト。最近はブロックチェーン技術と暗号通貨/仮想通貨分野に物書きとして関心を持つ。書いてきた分野はUNIX、半導体、オブジェクト指向言語、Javaテクノロジー、エンタープライズシステム、Android、クラウドサービスなど。イノベーティブなテクノロジーの取材が好物。