イベントレポート

レイヤー2技術のPlasmaは、提案から2年を経て実用段階に近づく=BlockChainJam 2019

「イーサリアムと同等のセキュリティとアリペイ並みの性能を低コストで実現」

Ethereum(イーサリアム)のスケーリング手法として登場したPlasma技術は、その提案から2年を経て実用段階に近づくようだ。11月17日、ブロックチェーン分野のカンファレンス「BlockChainJam 2019」で行われた講演「スマートコントラクトの実社会適用と得られたインサイトの共有」では、Plasmaへの最新の取り組みの様子が語られた。登壇したのは福岡のスタートアップ企業Cryptoeconomics Labの共同創設者である落合渉悟氏である。

Cryptoeconomics Labの共同創設者である落合渉悟氏

Plasmaが実用段階に、Ethereumと同等のセキュリティ、アリペイなみの性能

落合氏はこう語る。「パブリックブロックチェーンを企業案件に適用しようとすると、アレルギー反応というか、『合わない』という反応がある」。それでもパブリックチェーンを活用したいと落合氏は言う。理由はセキュリティだ。

小規模なシステムに閉じたブロックチェーン(コンソーシアム型ブロックチェーン、プライベート型ブロックチェーン)に比べると、パブリックブロックチェーンは攻撃に耐える能力が非常に高い。「資産を保持するシステムは、ハニーポット(=魅力あるターゲット)として攻撃者から狙われる」(落合氏)。それを前提にシステムを考えるならパブリックブロックチェーンをセキュリティ確保のために活用する考え方が合理的ということになる。

一方、情報システムとしてパブリックブロックチェーンを見た場合、よく指摘される問題は、「性能が足りない」「混雑して利用手数料が高い」というものだ。ところが、同社が取り組むレイヤー2技術はパブリックブロックチェーンのセキュリティを引き継ぎながら、性能は高く設計でき、またブロックチェーンの利用手数料は不要となる。

「L1(Ethereum)と同等のセキュリティ」「世界最大クラスの決済システムアリペイは65万TPS(トランザクション/秒)といわれるが、Plasmaはアーキテクチャ上同等の速度を出せる」「GAS(利用手数料)は要らない」「ファイナリティ(決済確定までの時間)は最小200msと短く設計することが可能」「Ethereumのトークンは全部使える」「L1はEthereum以外にも、Tezos、Polkadot、Hyperledger Fabricでもよい」。次の1枚のスライド写真に、初めて見る人にとってはおそらく衝撃的な内容が書かれている。これが実現できているということは、ブロックチェーン技術や情報システムの今までの常識を書き換えるインパクトがあるといえる。

レイヤー2技術のPlasmaは、現時点でこのような機能を実現している

講演内容からは離れるが、ここでPlasmaについて補足しておく。Plasmaは、Ethereumのスケーリング手法として提案された技術だ(関連記事)。基盤となるブロックチェーン(レイヤー1、以下「L1」)と暗号学的プロトコルによりセキュリティを共有する高速な支流となるブロックチェーン(レイヤー2、以下「L2」)を独自設計で作る。処理はL2上で実施し、セキュリティをL1で担保する。今までにPlasmaの派生技術は多数登場しているが、ここで説明した基本的な設計思想は共有されている。

同社では、自社開発したPlasma技術に基づくフレームワークPlasma Chamberの開発とPoC(実証実験)への適用を進めている。

Plasma Chamberの進捗。2019年も開発、活用(PoC)を重ねている

Plasma技術の活用は水面下で進展中

落合氏は、講演でいくつかのユースケースを紹介した。

(1) 電力会社向けのシステム。電力業界では、太陽光発電のような再生可能エネルギーの買い取りにあたり、需給のバランスを市場原理により調整するアイデアが試されている。実際に、Cryptoeconomics Labと中部電力はPoC(実証実験)を進めている。

(2) プライバシー保護とセンシティブデータの活用を両立させるシステム。TEE(trusted execution environment、CPUが備えるセキュア領域)を活用し、デバイスから到着するセンシティブデータをトリガーとした処理を実施できる。例えば、電気自動車には各種センサーが充実しているので、連携して降雨の状況がリアルタイムに分かるシステムを実現できる。体重計と連携して「将来痩せるかどうか」と報酬を結びつけるシステムを実現できる。こうした用途でも、セキュリティと処理性能の両立は大事だ。

(3) より高速なNFT(非代替トークン)ゲーム。NFTゲームは、キャラクターを表現するNFTを売買する際、Ethereumのメインチェーンではなく別のシステムを使う場合が多い。一方、L1にファイナリティの所要時間が短いブロックチェーン技術を使うと「空気のようにTx(トラザクション処理性能)を出せる」。例えば同社がPoCで活用したTezosは、将来のバージョンアップでファイナリティの所要時間が短い合意形成プロトコルを採用することを検討している。

(4) IT企業による金融サービス。米Googleは金融サービスに乗り出すと発表。日本でもLINEが新銀行設立に動いている。一方、EthereumのエコシステムではDeFiと呼ぶ動きが活発になっており、スマートコントラクトを応用したステーブルコイン発行の仕組みMakerDAO、異種トークン交換(DEX)のKyber
NetworkやUniswap、貸し出し(レンディング)のCompoundなど多数のサービスが登場している。このような技術トレンドの延長でPlasmaの処理性能とスマートコントラクトを組み合わせ、仮想通貨を活用した本格的な金融サービスを低コストで実現できる可能性がある。

落合氏は続けて、NFTを権利書のように使って不動産の貸し出しに使うアイデア、インフラ企業が仮想通貨ベースの金融サービスに乗り出すアイデア、ベンチャーキャピタルをスマートコントラクトで構築するアイデアについても触れた。

Plasma上のスマートコントラクトは、セキュリティと性能を両立しながら価値の記録や移転をプログラム上で行う。その開発と活用が進み、ソフトウェアスタックが充実していけば、より高度な応用がより短期間で実現可能となる。

こうした世界観を落合氏は「Web3では産業がプロトコルに乗る」と表現する。Web3という用語に明確な定義はないが、ブロックチェーン分野ではスマートコントラクトをWeb上から呼び出すサービスを指す言葉として使われる傾向が強い。パブリックブロックチェーンのセキュリティ、高速なスマートコントラクト、WebアプリのようなUI、UXの組み合わせが新たなITインフラとなって社会を変えていく──「Web3では産業がプロトコルに乗る」とはそのような方向性を示した言葉といえる。

Web3では「産業がプロトコルに乗る」

Plasmaの話を現状ではあまり聞かない理由は

今までの説明で見てきたようにPlasmaにはメリットが多い。その一方で、Plasma派生技術は多数提案されてきたにも関わらず、Plasma関連の新技術や活用事例の話は最近はあまり聞こえてこない。話を聞いてみると、そこには意外な理由があった。ICOブームの余波だ。

L2のPlasma技術そのものはICO(新規仮想通貨トークン発行による資金調達)の題材にならない。独自トークンを自ら発行する訳ではないからだ。資産価値を持つトークンをL2で扱う場合、L1からL2にトークンを移転する形となる。トークン発行はL1の役割だ。

ICOブームの時期には多くのブロックチェーン企業が独自トークンを発行して資金調達した。しかしPlasmaの開発を進めている企業のICOでは、Plasma技術本体ではなく別の技術やプロダクトの開発を約束して資金調達する形になる。開発リソースを別の技術やプロダクトに割り当てないといけないので、Plasma技術そのものの進展が遅れてしまっているというのだ。なお、Cryptoeconomics LabはICOは行わず、PlasmaのPoCなど企業に対する開発支援で売上を得ている。

Plasma技術は新規トークン発行に結びつかず、同社のように受託開発のツールとして使うなどの形で現実世界に価値を提供しなければビジネスが回らない。この点で、プライベートブロックチェーン技術と共通するビジネスモデルといえる。

初めてPlasmaを耳にする読者や、逆に最近Plasmaの話を耳にしないのでブームが終わったと考えている読者もいるかもしれない。その一方で、今回お伝えしたようにCryptoeconomics LabはPlasma Chamberの開発と実証実験を着々と進めている。ブロックチェーン分野では、こうしたテクノロジー上の冒険があちこちで起こっているのだ。

星 暁雄

フリーランスITジャーナリスト。最近はブロックチェーン技術と暗号通貨/仮想通貨分野に物書きとして関心を持つ。書いてきた分野はUNIX、半導体、オブジェクト指向言語、Javaテクノロジー、エンタープライズシステム、Android、クラウドサービスなど。イノベーティブなテクノロジーの取材が好物。