インタビュー
「新しいカルチャーによる自由な電力取引」で保守的な業界に新たな旋風を巻き起こす
顔の見える電力を選んで買う時代へ。みんな電力が目指す未来とは
2019年4月25日 06:10
言うまでもなく、ブロックチェーンは何かを変えるための手段のひとつでしかない。ビジネスで重要となるのは、ブロックチェーンを利用して、どのような価値を提供できるかであり、これまでの既成概念や商習慣にインパクトを与えられるかが重要だ。
電力という保守的な業界で、ブロックチェーンを武器に新たな旋風を巻き起こす、みんな電力株式会社・専務取締役の三宅成也氏に話を聞いた。
クラウドベースのCISで新たな電力流通システムを構築
みんな電力は、「顔の見える電力」をコンセプトに掲げる電力会社。2011年に設立し、太陽光や風力など自然エネルギーを中心とした電力の小売りサービスを提供している。電力業界は、2016年4月から電力自由化のもと、さまざまな企業が新規参入しているが、みんな電力はそれ以前から太陽光発電の固定価格買取制度(FIT)などを通して、電力生産者と購入者をつなげる電力流通の開拓に取り組んできた。単なる再生可能エネルギーの電力調達で終わるのではなく、誰かが作り出したストーリーのある電力を購入者が選んで買うことで、新たなつながりや、価値の提供を目指している。
具体的には、東日本大震災の際に被害にあった農地を利用した太陽光発電や、過疎地域の地形を活かした風力発電など、電力をつくる生産者の顔が見える電力流通を重視している。電力生産者のなかには、返礼品を用意する者もいるなど、購入者にとっては、電力以外のメリットもあるのが興味深いところだ。
「このビジネスを見たときに、“これだ!”と思いました」と語るのは、みんな電力・専務取締役の三宅成也氏だ。同氏は2016年から、みんな電力にジョインしたが、それ以前は大手電力会社にいた経歴を持つ。これまで電気といえば、大手電力会社の発電所から購入する方法が当たり前であったが、みんな電力は生産者から直接購入できるよう、クラウドベースの電力小売りソリューション「enection」(エネクション)を構築。三宅氏は、このアイデアにとても関心したという。
「通常、このような小売りシステムは、電気を使うユーザー側にアカウントがあり、電源側にはアカウントがないことが当たり前でした。しかし、enectionは電源側にもアカウントを持たせ、ユーザー側がそれを指定して電気を購入できるシステムを構築していて、当時としては画期的でした。これによって特定の土地や生産者から電気を選んで購入することが可能になり、新しい電力流通が実現しましたから」と三宅氏は語る。
“電気を売る”発想ではなくて、“取引を作る”という考え方
画期的な電力流通システム「enection」を生み出したみんな電力であるが、そこからさらに進化し、2018年12月にはブロックチェーンを用いたP2P電力取引システム「ENECTION2.0」を商用化した。
開発当時の背景としては、再生可能エネルギーで企業活動を行う「RE100」(※)の取り組みがグローバルで活発化し、日本においても再エネの購入を希望する企業が増えつつある状況であった。しかし、日本における電力市場はというと、再生可能エネルギーが流通しやすい仕組みにはなっておらず課題でもあった。
※RE100とは?
二酸化炭素の排出量削減をめざし、事業電力を100%再生可能エネルギーでまかなうことをミッションに掲げた企業連合。「Renewable Energy 100%」の略。
そこで、みんな電力ではブロックチェーンを用いて、「どの発電所からどれだけの電気を買ったのか」という電力取引を履歴化するシステム開発に着手。なぜなら、RE100では、購入した電力が本当に再生可能エネルギーであるかどうかを証明できる必要があるため、ブロックチェーンを用いることで電力の購入履歴をトラッキングできるようにした。
具体的な方法としては、これまで年間単位の取引だった発電量と需要量を、30分毎に個々にマッチングし、その結果をブロックチェー上に記録。みんな電力は、世界初の「電力トレーサビリティ」システムの商用化を実現した。
ブロックチェーンを用いた「ENECTION2.0」について三宅氏は、「電気を売るという発想ではなく、取引を作り、お金をどこに払うのか、そのトレーサビリティをブロックチェーンで作るという発想でシステムを設計しました」と述べた。今までは、電気が入る量、出る量を年間単位で合計し、数字を合わせていたが、三宅氏は、再生可能エネルギーをプールする「ENECTパワープール」の開設を考案。これにより、電気の入る量と出る量を30分単位で把握できるようにし、プールしている30分間で電気をどこに振り分けて売るのかを決める取引をブロックチェーン上で実現できると考えたというのだ。
NEMのパブリックブロックチェーンを採用した理由は?
では、具体的にブロックチェーンで構築された「ENECTION2.0」のシステムを掘り下げてみよう。
まず大前提として、「ENECTION2.0」では、需要者(ユーザー)はどこから、どれだけの電気を購入したいのか発電者を事前予約しておく。そして、発電者から需要者へ、電気がどこから、どれだけ流通したのかは、kWh(キロワットアワー)をトークンに置き換えることでトレーサビリティを実現。たとえば、発電側が100kWhを発電すれば、100PTk(Power Token)が配布されるという具合だ。そして、需要者がマッチング分のトークンを受け取り、PTkに応じて料金を支払うという流れになる。余剰分のPTkについては、他の不足需要や電力取引所「JEPX」に売却される仕組み。発電側、需要側、それぞれのウォレットを見れば、取引履歴も分かり、電気の流れが証明できる。
みんな電力は数あるブロックチェーンの中でも、NEMのパブリックブロックチェーンを採用してこのシステムを実現した。トークンの発行にはモザイク機能を使用。NEMを選んだ理由について三宅氏は、「スピード」「トランザクションのコスト」「パブリックであること」の3点を挙げた。同氏は、「Ethereumはそもそもマイニングにエネルギーを大量に使うのでRE100目的には不適切であるし、スピードも遅い。ENECTION2.0では、リアルタイム性は求められていないが、ある程度のスピードは必要でした。NEMについては、PoIアルゴリズムも特徴的で良いと判断しました」と述べた。
ちなみに、みんな電力ではユーザーがブロックチェーン上のトラッキングが一目で分かるようにユーザーWeb画面も用意している。ユーザーがどこから電気を購入したのか、どの発電所と契約しているのかなどの情報がビジュアル化されている。
再生可能エネルギーを使うインセンティブはあるか
このようにブロックチェーンを用いた画期的な電力流通システム「ENECTION2.0」を実現したみんな電力であるが、今後はさまざまな展開を予定している。現在は、RE100系法人や自治体などを対象に、電源トラッキング機能のみを提供しているが、今後は同システムを一般企業や個人にも広げ、より自由な電力取引を目指したい考えだ。具体的には、余剰電力をシェアリングしたり、電力の価格を決めて販売できるようにするなど、決済機能も追加する予定だという。特に太陽光発電の固定価格買取制度(FIT)は、いずれ無くなり、買い手がいなくなることから、それに向けた個人間取引の場を提供していきたいという。
とはいえ、電力市場においては大手電力会社がまだまだ強く、人々の再生可能エネルギーに対する関心も決して高くはない。みんな電力がブロックチェーンでどれだけ優れたシステムを構築したとしても、ユーザーが今使っている電気をみんな電力へ切り替えるにはインセンティブも必要だ。
これについて三宅氏は「再生可能エネルギーは、コスト的に高いイメージがあるかもしれませんが、いずれは高いものでなくなると考えています。確かに初期投資はかかりますが、燃料を使う大手電力と異なり、無料の自然エネルギーで作った電気を集めることができれば、再生可能エネルギーへの流れを止めることはできないと考えています」と語る。
また、そもそも再生可能エネルギーや購入方法を知らない層も多く、周知していくことも重要だ。実際に、みんな電力が2018年12月にTBSラジオで実施した「グリーンパワーキャンペーン」では、各番組で再生可能エネルギーの話をし周知したところ、10倍の新規ユーザーを獲得したという。三宅氏は「意外にも働き盛りで家庭を持つ40代の層が再生可能エネルギーを選んでくれました。少々コストが高くても良いという発想で選んでおり、我々にとっても新たな発見につながりました」と手応えを語った。
こうした点を考慮すると、誰も支配しない、取引が監視されない、誰もが自由に電力を取引できるブロックチェーンによる市場の必要性が見えてくる。しかし、三宅氏が重要視しているのは、そうした視点ではない。「電力という、一見、意味を持たないものが意味を持つ方法を考えています。たとえば、“誰かと繋がる”、“電気を買うことで楽しい思いをする”など、特別な体験を提供できないかと考えていて、そこから新しいカルチャーを作りたいと思っているんです。ブロックチェーンはあくまでもテクノロジーのひとつであり、自分たちのやりたいことのために使うと捉えています」と語ってくれた。