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バフェットの威を借りた仮想通貨トロン運営者、売名に溺れ自滅するまで

中国メディアで「最も危険な女」に裏の顔を暴かれ鎮静化

(Image: Shutterstock.com)

名声を渇望していた若い中国人起業家は、バフェット氏とのランチの権利を史上最高額の460万ドル(約5億円)で落札して時の人となり、想定通りの成果を得たかに見えた。だが、人生最大の晴れ舞台となるはずだったランチは、直前にキャンセル。さらには彼自身が「予期しなかった」と述回するほどのスキャンダルを招いた。けた外れの金額を投じた“売名行為”はけた外れの波紋を呼び、もはや本人にもコントロール不可能な爆弾へと姿を変えた。

史上最高額、5億円でランチの権利落札

6月4日、仮想通貨トロンを運営するジャスティン・サン(孫宇晨)氏は中国のSNSウェイボ(微博)で、世界的な投資家バフェット氏とのランチの権利をオークションで落札したことを誇らしげに公表した。

サン氏は仮想通貨・ブロックチェーン関係者には知られた起業家であり、中国でも何かと話題を振りまいてきた人物だったが、大多数の人はこのニュースによって、初めて彼の名前を知ったことだろう。まさしくそれが、彼の狙いだった。

若手起業家の旗手、ジャック・マーの弟子を自認

中国は「70後」「80後」などと、生まれた年代で世代を区切られ、語られる。1990年に生まれたサン氏は、中国の急成長と一人っ子政策の下で、親の愛情や期待を一身に受けてきた「90後」の代表的人物だった。

北京大学を卒業し、ペンシルバニア大学の大学院に進学。学生時代からブログや論文を通じて積極的に発言し、2011年に雑誌「週刊アジア」が90後を特集した際には表紙を飾った。2015年には「90後」向けの音声SNSアプリ「陪我(PayWo)」をリリース。また同年、フォーブスの「中国の30歳以下起業家30人」に選ばれた。

サン氏にとって最大の栄誉はアリババ創業者のジャック・マー氏が2015年に創設したビジネススクール「湖畔大学」の1期生に、唯一の「90後」として入学を許されたことだ。当時、入学許可証をウェイボにアップして喜びを表現した。

仮想通貨ビジネスで評価変わる

サン氏は自らの知名度や発信力を、事業のマーケティングに生かして来た。そのやり方が、「目立ちたがり」「ずるい」とネガティブに評価されるようになったのは、彼が仮想通貨ビジネスに手を出したのと無縁ではない。

中国は2017年9月4日、仮想通貨発行による資金調達(ICO)を全面禁止。サン氏はその前月にエンターテイメント向けの仮想通貨トロンをリリースしており、逃げ切るように利益を手にした。

だが、サン氏の「ビッグマウス」はトロンの信頼性にはマイナスに働いた。「90後起業家の旗手」だったサン氏は、トロンを宣伝するほどに「90後の詐欺師」「詐欺コインの発行者」という不名誉なレッテルを貼られるようになった。

バフェット氏とのランチを落札したのも、サン氏にとってはマーケティングの一環だったのだろう。落札を発表する数日前から、彼はウェイボで「3日後に重要な発表をする」など、関心を引く投稿を続け、フォロワー数を拡大させていた。そして彼の思惑通り、権利落札が発表されると、仮想通貨・ブロックチェーンメディア以外のIT系、経済系メディアもサン氏を取り上げ、彼の名前はウェイボのトレンドランキングにも入った。

バフェット氏とのランチ決定を報告するサン氏の投稿

誤算だった中国での反応

だが、中国でのネットや経済界の“反響”の内容は、サン氏の期待とは違ったのかもしれない。同業の仲間たちがサン氏とバフェット氏のランチに期待の声を寄せる一方で、他の業界やベンチャーキャピタルの幹部の多くが、「金に物を言わせるやり方は、中国人のイメージを損ねる」「人を騙して手に入れたお金で……」と、サン氏を批判したのだ。

セルフプロモートに慣れてきたサン氏も、バフェット氏という虎の威は我を失わせるほど大きかったのだろう。彼は、中国では誰もが知る著名経営者たちを、ウェイボで「@」をつけて名指しして罵った。

特に、検索ポータル大手「搜狗(sougou)」の創業者である王小川氏を「創業者のプロダクトと時価総額は、創業者の力を現わすものだ。2022年6月に、トロンと捜狗の時価総額を比べてみよう」と挑発した投稿は、メンツを重視する中国内で、サン氏の非礼さを印象付けるものとして拡散した。

トロン価格は結局5月の水準に

7月に入ると、トロンは中国で詐欺事件に巻き込まれた。被害を受けた投資家たちが北京のトロン関係企業に押しかけ、警察が出動する事態になり、バフェット氏とのランチ落札で上昇していたトロンの価格は、5月の水準に戻ってしまった。

サン氏は、バフェット氏とのランチについて、レストランの名前や連れて行く仲間たちについて小出しに情報を発信した。後に彼は、「バフェット氏のランチに入札したのは、彼を尊敬しているからであり純粋にブロックチェーン業界のためだった」と釈明したが、当初の動機がどうであれ、この頃はトロンや自分の価値の向上のために、バフェット氏の名前を利用する状況になっていた。

そしてランチの2日前の7月23日、サン氏はSNSで突然、ランチをキャンセルすると発表した。

「最も危険な女」の標的に

サン氏は、キャンセルの理由を「腎結石」だと説明したが、中国でそれを信じる者は少ない。その日のうちに、経済メディアの財新が「ランチのキャンセルは病気ではなく、サン氏がマネーロンダリングなどの疑いで当局にマークされ、出国制限を受けているからだ」と報道したのだ。

サン氏はすぐさま「財新の報道は事実無根」と反論し、Twitterで自分がサンフランシスコに滞在していることをアピールする動画をアップした。

サン氏がマネーロンダリングなどの不法行為に手を染めているという疑惑は、これまでも度々報じられてきた。だが、今回報道したのが経済界で愛読され、権威がある「財新」であり、しかも財新は特ダネとして会員限定でこのニュースを報道したことは大きい。他の中国メディアも根拠のある報道と判断し、一斉に後追いした。

サン氏がその財新の報道を「事実無根」と否定し、事実上喧嘩を売ったことは、彼の最大の失敗の一つだったかもしれない。財新の編集トップはこれまでも数々のスクープを発し、「メディア界で最も危険な女」と呼ばれる人物だからだ。

財新は24日、サン氏にまつわる続報を出した。

「2018年6月、当局がサン氏の出国制限を発令した。サン氏自身は翌7月、アジアのある国に出国しようとして止められ、焦ってあちこちに照会した結果、何が起きているかを理解した。事実、夏に韓国で仮想通貨の大きなイベントが行われたとき、登壇することになっていたサン氏は、あれだけSNSに熱心なのにもかかわらず、会場写真を投稿していない。それは彼が中国から出られなかったからだ。サン氏はその後、当局と連絡を取った。取材によるとサン氏は2018年11月に米国に飛んだが、どのような手段を用いて出国制限を一時解除したのかは謎のままだ」

欲しかったのは母国での名声か

結局サン氏は一世一代の晴れの場となるはずだった日、つまりバフェット氏のランチの開催予定日の25日、ウェイボに長文の謝罪文を投稿した。

謝罪文は、自身の売名行為、行き過ぎた挑発行為について詫びられていたが、財新の報道の真偽については触れられていない。ただ、彼は当局と財新の編集トップに向けて全面謝罪し、かつてウェイボで喧嘩を売った王小川氏に対しても「尊敬する先輩です」と記載した。

強気一辺倒だった彼がここまで平身低頭せざるを得なかった裏には、相当な圧力があったことは想像に難くない。

サン氏は「自分を見つめ直すため、ウェイボへの投稿も、公の場に出ることも、取材を受けることも自粛する」と宣言し、以降ウェイボを更新していない。

120万人のフォロワーを持つサン氏のウェイボは、25日以降更新されていない

一方で、バフェット氏とのランチの後に元々予定されていた仲間たちとのパーティーには顔を出し、Twitterには「病気はよくなりました」と投稿して、何事もなかったようにツイートを再開している。

米中の2つの大国に拠点とネットワークを持つサン氏だが、両国での評価も、そして彼自身の立ち振る舞いも、同一人物とは思えないほどに異なる。

彼はTwitterでは血気盛んな起業家だったが、ウェイボではその域を通り過ぎ、虎の威を借りる狐のように、あおり、罵り、そして自滅した。言い換えれば、彼が一番欲しかったのは、母国・中国での一流の経営者としての名声だったのかもしれない。