イベントレポート

ICOで得たトークンを糧に、広告に頼らない情報&経済圏を目指すALIS

Mirai Salon #8- ブロックチェーンによる新規事業開発

 6月6日に開催されたイベント「Mirai Salon #8- ブロックチェーンによる新規事業開発」(主催:アドライト、共催・協力:EGG JAPAN(三菱地所))では、スタートアップ企業のALIS、大企業の中部電力と富士通、クラウドサービス提供企業のアマゾンウェブサービスジャパンがブロックチェーンへの取り組みを報告した。新しい事業領域に挑戦する各社の取り組みを個別記事で紹介する。

 ALISは特別な立場にあるスタートアップ企業だ。ICO(Initial coin offering、新規仮想通貨発行による資金調達)を実施した日本企業はほとんどないからだ。

 同社は昨年(2017年)9月にICOを実施し、約4.3億円相当の資金を調達した。この資金を手に世界各地のミートアップを展開しつつプロダクトの開発を続け、この2018年4月にはソーシャルメディアのクローズドβ版をリリースした。

ALISのCEO・安 昌浩氏

 今、日本のICOは厳しい状況にある。2018年1月のコインチェック事件を機に日本国内での仮想通貨関連ビジネスへの規制は厳しくなり、新規のICOは事実上ストップしている。ALISは、ICOを実施し、しかもプロジェクトの進捗を積極的かつ小刻みに開示している日本企業としてほとんど唯一といえるポジションにある(※1)。ICOへの批判もある中、同社の取り組みは今後の日本での仮想通貨ビジネスに大きな影響を持つ可能性がある。イベントの質疑応答でもALISのCEO安 昌浩氏への質問が最も多かった。

 今回の記事では、まずALISが目指す姿について安氏のショートプレゼン内容およびALISのICOホワイトペーパーを元に説明する。パネルティスカッションでのICOに関する議論の内容についても触れる。

 ALISは個人ユーザーが記事を投稿し、みんなで評価し合うソーシャルメディアだ。仮想通貨の一種「ALISトークン」による経済圏を作ることで、信頼できるソーシャルメディアとなることを目指す。「いいね」を獲得した記事、そして評価が高い記事にいち早く「いいね」をつけたユーザーに対して報酬としてALISトークンを配布する。ALISトークンを多く保有するユーザーは「信頼度が高い」と評価される仕組みだ。またトークンを長期保有するほどトークンの有効性が高まる仕組みも検討している。トークンの形で記事や筆者への信頼を可視化することで、従来型の広告収入に依存するソーシャルメディアとは異なる価値を提供することを狙う。

 つまりALISが目指すものは「トークンエコノミー×メディア」だ。まずALISトークンにより記事や筆者の信頼を表現できる情報圏を作る。次にALISトークンを循環させる経済圏を作りトークンの価値を高めていく。例えばALISユーザーの信頼度が可視化されることを材料に、クラウドソーシングのようなメディア以外の経済活動に展開する将来構想を持っている。このようにして投資家(ALISトークンホルダー)、ALISの従業員、ALISユーザーのゴールが一致することを目指す。

 安氏は「信頼できる情報圏を作りたい。いい情報を発信した人に、例えば野菜をあげるとか、そういう世界観を作りたい」と話す。今の株式資本主義や貨幣経済では実現できないような、新しい種類の経済圏を作りたいとする。このような将来構想を描きつつ、現状はまず初期段階のソーシャルメディアを立ち上げた段階ということになる。

ALISのビジョンを示す図。トークンにより書き手、情報への信頼を可視化する将来像を目指す

 安氏は、トークンエコノミーの構想に取り組む決心をした1つの背景として、前職のリクルート時代に「上場企業の壁を感じた」と話す。公開企業として四半期ごとの情報開示、株主への説明責任があり、採算性が説明しにくい新規プロジェクトを手がけることができない。そこでブロックチェーンとトークンを使えば「今までとは違ったことができる」と感じ、起業した。パネルディスカッションの場で、安氏は「非中央集権のコントロールできないもの」は普通の株式会社では扱いにくいと説明した。トークンエコノミーのような未知の要素が大きな分野は、大企業の新規事業には向かない。逆方向から見れば、ゼロから出発するスタートアップ企業にとってはチャンスがある分野ということだ。

 安氏は、ALISの現状を示す数字を紹介した。4月23日のクローズドβ公開から1か月でアクティブユーザー2,064名、記事数5,510本、ページビューが71万、「いいね」数が10万。「エンゲージ数の高いユーザーを獲得できている」と語る。イベント後のことになるが、6月9日に同社はALISのクローズドβ版の利用状況レポートを公開した。ここではALISのユーザーの継続率は「スマートフォンアプリより4倍良い」と報告している。

ALISの経緯とTwitterフォロワー数

 とはいっても、ALISのプロジェクトはまだ初期段階だ。前述の利用状況レポートでは、現状のクローズドβ版は「理想をLevel 100とすると、まだLevel 2から3の段階」としている。スタートアップ界隈の用語でいえばMVP(顧客に価値を提供できる最小限の製品)あるいはそれ以前の段階にあるといえる。

 安氏がALISで実施している施策で興味深いものが、日々の業務内容を開示する姿勢だ。まず、タスク管理ツールのTrelloやTwitterを使い日々のタスクの報告を公開している。ALISのソースコード(Github)ALISのBIといった情報も公開する。つまり日々のプログラム開発の進捗や、Webサイトのユーザー数、ページビューなどの情報は誰でも閲覧できる。安氏は、前職の時代に「経営者ってなんで情報を隠すんだろう?」と思っていたそうだ。

ALISは情報公開に積極的

 ICOプロジェクトに対しては「プロダクトが出てこない」「チームが音信不通になった」など厳しい意見が出ている中で、小刻みかつ積極的な情報公開で透明性を高めようとしているALISの姿勢はモデルケースとして興味深い。これを見習う企業も出てきそうだ。

 安氏は、ALISには独自のユーザーコミュニティーが形成されつつあり、時には「信じられないようなことが起こります」と話す。Discord(チャットツール)ではユーザーらが『ALISを盛り上げるには』という音声会議を繰り広げた。ALISを擬人化したオリジナルキャラクターや紹介マンガも公開されている。これらは、いわゆる「公式」の情報とは異なり、ユーザーが「勝手に」企画したものだ。

 ALISの現状は、前述したように最小限の機能のソーシャルメディアの利用が始まり、ユーザーコミュニティーが形成されつつある段階だ。個々のユーザーが手にしたALISトークンは可視化されている。ただし、ALISトークンを循環させる試みはこれからだ。

 プレゼンの後に開かれたパネルディスカッションや質疑応答では、ICOに対する話題が出た。安氏は「自分達のICOでは金融庁に足を運び説明し、適法に進めるよう気を配った。だが(コインチェック事件の後で)状況が変わり、日本のスタートアップがこれから日本でICOをするのは無理。ICOをするなら海外市場を目指すべき」と説明した。

 パネルディスカッションで、安氏はいわゆる投機筋には「迎合しない」と強調した。最近の仮想通貨界隈ではトークン発行主体が情報を流して買いを煽るような事例も見受けられるが、ALISではトークン価格に影響する情報発信は避けているとのことだ。安氏は「ICOの9割はマルチ商法に近いと言われている。僕らはそうならないように心がけている」と話す。トークンに対して投機目的の売買が発生することは止められない。だが、ALISの経済圏をうまく設計して育てることで、健全な経済圏を作りながらトークン価値を高めていけると安氏は考えている。

 ALISのプロジェクトは、トークンエコノミーの構想がどこまで実現するかを試す試みだ。ALISの成果は、後に続く仮想通貨分野のスタートアップ企業にとっても大きな影響を持つはずだ。そして、ICOがどのような新ビジネスを生み出せるかを示す材料ともなる。

 ここで情報開示をしておくと、筆者はALISのサービスを体験する目的で少額のALISトークンを所有している。また4月23日から公開したALISのクローズドβ版に申し込んでアカウントを開設し、現時点で記事1本を公開中である。ALISのサービスは現時点ではウォレット機能が未公開なので、トークンの出金や循環を実際に試すことはまだできないが、可能になった段階で体験してみたいと考えている。

※1:2017年に実施した日本のICOとして、ALIS以外にテックビューロが実施したCOMSAと、QUOINEが実施したQASHがある。COMSAは高機能なICOプラットフォームを構築する構想。QASHは複数の仮想通貨取引所を結び流動性を提供しつつ機関投資家が活用できる価値交換ネットワークを構築する構想である。両プロジェクトともALISより規模が大きく性格も異なる事情はあるものの、ICO後に小刻みな情報公開をしている訳ではない。

星 暁雄

フリーランスITジャーナリスト。最近はブロックチェーン技術と暗号通貨/仮想通貨分野に物書きとして関心を持つ。書いてきた分野はUNIX、半導体、オブジェクト指向言語、Javaテクノロジー、エンタープライズシステム、Android、クラウドサービスなど。イノベーティブなテクノロジーの取材が好物。