仮想通貨(暗号資産)ニュース
中国政府に翻弄される仮想通貨相場―習近平演説から1か月
追い風止み、始まる業界“弾圧”
2019年11月25日 05:45
2019年の仮想通貨市場は、米中を起点とする2つのビッグニュースの動向に大きく揺さぶられた。Facebookの仮想通貨プロジェクト「Libra(リブラ)」と、中国のブロックチェーン政策だ。
この2つのプロジェクトには共通点がある。プロジェクトの発表直後に期待が先行する形でBitcoin相場が急上昇しながら、1か月と経たないうちに水を差す動きが起き、相場の上昇分が帳消しになってしまったことだ。
Facebookのリブラは5月ごろから詳細がリークされ始め、bitcoin価格は6月10日の7600ドル前後から一本調子で上昇を始めた。6月18日に計画が発表されると9300ドルを超え、7月10日には1万2500ドルを突破。日本円では150万円に迫った。しかし翌11日にトランプ米大統領が、「仮想通貨は信頼がない」とツイートすると、相場は一変。17日には9500ドル前後まで下がり、1か月の上昇分の値を消してしまった。
10月24日に習近平国家主席が、政府の研究会でブロックチェーン強国を目指す方針を言明し、世界中の注目を集めた一件も、同じような道のりをたどっている。同日7400ドル前後だったBitcoin価格は、ニュースが世界に広がった26日に1万ドルを回復。しかし1か月後の11月22日に11%下落、一時は6800ドル前後まで落ち込み、5月の水準まで急落した。
リブラと中国には相違点もある。民間のプロジェクトに金融当局や政治家が反発したリブラに対し、中国が起点となった今回の相場の上昇と失速は、政府の独り相撲の様相も呈している。どういうことだろうか。
Binanceの上海事務所閉鎖報道でBitcoin11%急落
22日の仮想通貨急落は、米業界メディアのThe Blockの「Binance(バイナンス)の上海事務所が警察の立ち入りを受けて閉鎖された」との報道がきっかけだと見られている。
中央銀行上海本部は同日、「仮想通貨取引の撲滅に向け監督を強化する」という文書を公表、仮想通貨の取引や、仮想通貨に関連した資金調達、金融詐欺などの行為を厳しく取り締まる方針を示した。それに先立つ13日には、ソーシャルメディアWeibo(微博)のBinance公式アカウントが閲覧できなくなり、業界関係者の間では「何らかの処分を受けたのでは」と話題になっていた。The Blockの報道が追い打ちをかける形で、中国での仮想通貨取り締まり強化への懸念が高まり、相場が急落したのだ。
Binanceは22日、「上海に拠点はなく、The Blockの報道は事実無根」とコメントを出した。どちらの主張が正しいのか現時点では分からない。どちらにせよ、中国当局が仮想通貨という言葉にピリピリしているのは明らかだ。
21日には深セン市が仮想通貨に関連する活動の取り締まり強化を関係部門に通知。北京市当局もこのほど、仮想通貨取引所のネット掲示板を介した詐欺事件を摘発、数十人を逮捕した。
このほか、ブロックチェーンメディアのSNSアカウントも当局によって次々に凍結されている。
「死滅したはずの詐欺コインが復活している」
新華社や人民日報といった共産党メディアも、「詐欺コインやICO詐欺など、死滅したはずの違法行為が再び復活している」と注意を呼び掛ける記事を掲載した。
中国は、仮想通貨取引所大手のBinanceや世界最大手のマイニングマシンメーカーBitmain(ビットメイン)など、グローバルで顧客を持つ著名企業を多く輩出する「仮想通貨業界のハブ」だったが、2017年9月に「投機の過熱や詐欺を誘発する」と仮想通貨の取引やICOを全面禁止、関係企業を国内から締め出しチャイナショックを引き起こした。
2年前に強制排除した輩が再びうごめき始めた——。当局やメディアは事態を重く見て、摘発強化と警告を行っているのだ。
しかし死んだふりをしていた仮想通貨関係者たちを生き返らせたのは、ほかならぬ中国政府である。
仮想通貨禁止後もブロックチェーンは推進
勘違いされがちだが、中国は仮想通貨を禁止したものの、ブロックチェーンに関しては、一貫して「推進」の立場を維持し、ダブルスタンダード状態にあった。
中国の中長期的な政策の方向性を示す「五か年計画」には、2016年に「ブロックチェーン」が登場し、地方政府もブロックチェーン技術振興政策を競うように整備している。
欧米や日本などの先進国に比較して、中国は短期間で急激な発展を遂げた分、副作用としての社会問題も噴出し、また、非効率な部分も数多く残されている。
IT技術で庶民の不便を解決し、ライフスタイルにまで変革を起こしたのがアリババやテンセントに代表されるメガIT企業だ。中国政府も、次世代IT技術が次の産業革命の競争軸になると考え、AI、ビッグデータ、IoT、そしてブロックチェーン技術を世界トップレベルにするべく投資してきた。
例えば公共分野では、知的財産権紛争などを扱うインターネット裁判所の仲裁手続きや証拠保全にブロックチェーン技術が導入されており、ウォルマート中国法人は、ブロックチェーンを活用してトレーサビリティ保証を行っている。
さらには、テンセントが地方政府と協力し、税務申告書に必要な公的な領収書をブロックチェーン上で管理・発行するなど、民間と行政の協業例も増加している。
こういった動きは日本ではあまり知られていないが、中国はこの1、2年、かなりアグレッシブにブロックチェーンの実用化を進めて来たのだ。
ブロックチェーンが詐欺のキーワードに
テクノロジー関係企業や、テクノロジーの活用が迫られた公共機関の間で、ブロックチェーンは既にバズワードだった。それを国民レベルのバズワードに引き上げたのが、10月24日の習国家主席の演説だ。その数日後にブロックチェーンや量子コンピューターなどの産業振興を目的とする「暗号法」が成立し、さらには中央銀行が主導する「デジタル人民元」の開発も大詰めを迎えていることも、リブラの次を探すブロックチェーン・仮想通貨市場関係者の期待値を上げた。
習国家主席の演説から一週間、メディアには「ブロックチェーンとは何だ」「ブロックチェーンが変えるあなたの生活」といった記事があふれ、中国で上場するブロックチェーン関連銘柄はストップ高となった。
だが、ブロックチェーンというよく分からない言葉が、期待と「政府のお墨付き」というブランドを背負って独り歩きした結果、その新しいキーワードを使って一儲けを企てる動きが出現するのは、容易に想像できたはずだ。
中国は大学生のクラスのグループチャットですら、株式投資の話題が飛び交う投資熱が高い国だ。日本のようにバブルの崩壊を経験していない国民は、割のいい財テク話にアクセルを踏み込む傾向もある。
11月に入ると、ブロックチェーン礼賛一辺倒だった共産党系メディアは、仮想通貨とブロックチェーンを切り分けることに重点を置き始めた。
「ブロックチェーンは革新的な技術だが、仮想通貨はバブルの産物だ」
「仮想通貨は、ブロックチェーンの応用例のほんの一部にすぎない」
そして11月中旬に入ると、中国人民銀行が「デジタル人民元が既に発行されたとの偽情報や、デジタル人民元の取引をうたった詐欺が発生している」と警告文を発表した。
人民銀の警告をきっかけに、メディアは仮想通貨に関する違法な活動を糾弾するトーンを一気に強めた。
デジタル人民元も発言後退
中国では「今後、さらに業界への締め付けが厳しくなり、仮想通貨相場は一段安になるのでは」という観測が強まっている。
米メディアのフォーブスが数か月前、「11月11日に人民銀がアリババなどと組んで、デジタル人民元をローンチする」と報道したが、人民銀関係者はむしろ「『世界最初』にこだわる必要はない」「1年後には発行しているかもしれない」と、発言を後退させている。
中国政府が中長期的にブロックチェーン技術に投資し、社会に導入していく方向は変わらないだろうが、最近は「踏み込みすぎた」発言の火消しに追われているようにも見える。
非中央集権技術をいかに中央集権的にコントロールするか、政府がバランスの取れた着地点を見出すまでは、ブロックチェーンを標榜する企業やメディアは落ち着かない日々が続きそうだ。